お互い様
「魔王を辞めろだって?」
突然のマモンの提案にユルグは顔を顰める。睨みつけるような眼差しにマモンは静かに頷いた。
『うむ。端的に言えばそうなる』
「お前、それがどういうことか。分かって言っているんだろうな?」
詰問するようなユルグの言葉に、マモンはそうだと答える。
当然、快い返事が来ることはない。
「今更そんなことを言って、どういうつもりだ? そもそも俺は好きでこんなことをやっているわけじゃない」
『それは重々承知している』
声音に怒気が垣間見える。
マモンの提案はユルグの神経を逆なでするものだ。そのことはマモンも充分に理解している。
『黒死の龍を倒すためとはいえ、あれがおぬしの望んだ結末ではないことは知っている。だからこそ……今だからこそ、この提案をしているのだ』
宥めるようにマモンは諭す。
四災を解放すれば瘴気は消える。そうなれば魔王という存在も不要になる。
いずれそうなるのならば、ユルグが魔王であることを辞めても、それは遅いか早いかの違いでしかない。
それに今のユルグの身体は、以前のように瘴気の影響を受けていない。つまり寿命の問題も、命を繋ぐために魔王の器である必要もないのだ。
『これから先、守るべきものも増えていくはずだ。ならば不安要素は消した方が良い』
「俺がそれに賛同したとして、その後はどうなる? お前ひとりが犠牲になって消えるならいいが、そうはならないだろ」
『……それなら適任がいる』
ユルグの問いを予見していたマモンは自らの見解を述べる。
『一時的な依代としてはフィノが適任だ。彼女はログワイドの縁者でもある。魔王としての役割を与えられる前の状態に戻ると思えばいい』
「それに俺が分かったというとでも思うのか?」
『勘違いしないでほしい。以前と違って魔王の役割も変わっている。四災を利用して瘴気をなくすなら、己の器であっても身体への害はない。あくまで瘴気が消えるまでの一時的なものだ』
マモンの意見にユルグは多少なりとも難色を示す。
言い分は理解できた。しかしどうしてマモンがそうまでするのか。それが掴めないのだ。
「そうすることでお前に何の得があるっていうんだ」
『損得の話ではない。己はただおぬしの身を案じて言っているだけだ』
ユルグの疑問に、マモンは自分の気持ちを正直に答えた。
思ってもいない吐露に、ユルグは意表を突かれる。
「お前、変わったなあ」
『それはお互い様だろう』
マモンの心変わりはここまでのユルグを見てのことだ。
初めて会った時から今まで。変わったといえば、それはユルグのことだろう。
マモンの心情を知ってユルグは腕を組んで思案する。
「……わかった。だけど、一つ条件がある」
ユルグが出した条件は、弟子であるフィノについてだった。
「フィノのことだ。こんな話をされたら二つ返事で承諾するだろ」
『うむ』
「それだと俺が納得しない。俺のためって理由なら譲渡はなしだ」
これだけは譲れない、とユルグは言った。それにマモンは頷く。
『わかった』
「その前に、一度あいつとは話しておかないとな。色々と状況も変わったし……何を遠慮してるんだか」
やれやれと溜息を吐いたユルグに、マモンは明後日の方を向く。
こういうところで素直になれないのは、今でも変わらないらしい。




