花吹く女子会
「こうしてゆっくり出来るのなんて久しぶり!」
見慣れた街での散策だというのにミアは上機嫌だった。
特に目新しい物もないし観光名所があるわけでもない田舎の街である。それでも彼女には良い息抜きになるらしい。
ミアの様子を間近でみてカルロは彼女の近況を察する。
きっと色々と溜め込んでいるのだろう。自由奔放なカルロと違ってミアは世話焼きだし献身的でもある。
それが悪いとは言わないが、何事にも限度というものがあるのだ。
「たまにはこうやって息抜きもしなきゃ」
「うーん……普段は感じないけどやっぱり疲れてるのかなあ」
小さく溜息を吐いてミアはぐりぐりと首を回す。
「そりゃあ疲れもするよ。ずっと付きっきりのようなもんでしょ?」
「うん。でも身の回りの世話がどうとかって話じゃなくてね。それ以外のことでちょっと……」
大きくないながらも何か悩みを抱えているらしい。
それを察したカルロは茶店の隅、テーブルから前のめりになって何があったんだと尋ねる。
カルロの問いかけにミアは難しい顔をしながら声を落として語りだした。
「実は……あの人、大事な用事があるみたいで遠出しなきゃいけないみたいなの」
「遠出って、二人で暮らし始めてまだ一か月かそこらでしょ? ミアはそれでいいわけ?」
「よ、よくはないけど……」
言葉を濁して黙り込むミアに、カルロは悪いことを聞いてしまったと反省する。
良いわけがない。しかし不満を飲み込むしかないのだ。彼女の表情から心の内を察したカルロは、溜息交じりに話を続ける。
「きっと私が説得してもお兄さんの意見は変わらないと思うけどなあ。いや、でも……他人から言われて気づくこともあるか」
「そのことについてはいいの。私がカルロに相談したいことは別にあって」
違うとかぶりを振ったミアの様子に、カルロは眼差しを向ける。
「怪我が治ったら行くって言ってるけど、やっぱり心配じゃない? だから出来ればフィノに着いていってもらいたいのよ」
「なるほどね。うん、いいんじゃない?」
「でもユルグはあまり乗り気じゃないみたい」
はあ、と溜息を吐いたミア。彼女の話を聞いたカルロは、そうなるだろうな、と頷く。
「お兄さんはそういう人だもんね。でも心配だっていうミアの気持ちも分かるよ」
「きっと余計なお世話なんだろうけど……これについては一度二人で話し合った方が良いと思うんだ」
ミアの相談というのは、端的に言えばフィノを村から連れてきてほしいというものだった。
「そんなのお安い御用ってやつ! まあ、説得するのは骨が折れそうだけどね」
「そういえばフィノはあまりこっちに来たがらないよね? どうして?」
「二人の邪魔になるとでも思ってるんじゃなあい?」
「そんなの気にしなくてもいいのに」
他にも思うところはあるだろうが、フィノの一番の悩みはそこだとカルロは判断した。
その気持ちが理解できるからこそ、今までフィノには強く言わないでなあなあにしてきたが、こうしてミアも会いたがっているのだ。お願いもされたし、ここは一度ガツンと言ってやらねば!
「フィノにはちゃんと言っておくよ。まあ、お兄さんがどう思ってるかは知らないけどね」
「ユルグも考えてみてくれてるみたいだから大丈夫だとは思う」
「会って早々すぐに帰れなんて言うほど薄情じゃないだろうしね」
ははは、と笑ったところでハッとした顔をしてミアが顔をあげた。
「そういえばカルロはユルグのこと、名前で呼ばないよね? どうして?」
「ああ、そのこと? 一応理由はちゃんとあるよ」
注文した焼き菓子を頬張ったあと、カルロは頷いて語りだす。
「お兄さんの師匠が私の双子の姉なんだよ」
「確か……カルラさん、だっけ」
「そうそう。双子なもんで容姿も声も瓜二つなんだよ。そんなのに名前を呼ばれちゃ、お兄さん泣いちゃうかもしれないじゃん」
カルロの話を聞いて、それもあり得るかもとミアは思った。
かつてユルグから聞いた師匠の話はどれも楽しいものばかりで、彼らの仲がとても良いことはミアにも知れていたのだ。
「うん……そうかも」
「でしょ? つまりこれは私なりの気遣いってこと!」
なぜか自慢げに言ってカルロは笑った。
自分勝手な生き方をしていると思われがちなカルロだが、以外にも他人のことをしっかりと見ているのだ。
「ふふっ、ありがとう」
「どういたしまして!」
楽しく談笑をした後、二人は喫茶店を出て街をぶらぶらと散策する。
ふと前を見ると、目の前から見知った人物が駆け寄ってきた。
「あっ、ねえちゃん!」
笑顔で近づいてきたのはアルベリクだった。その足元には黒犬のマモンも一緒である。
「アル、こんにちは」
「おっ、久しぶりじゃん。元気してた?」
「うん。元気だよ! ねえちゃんたちも元気そうだね」
アルベリクはカルロとハイタッチすると、不思議そうにミアを見た。
「そういえばねえちゃんが街に来るの珍しいね」
「たまには息抜きも必要じゃん? 今日は私に付き合ってもらってんの!」
『確かに、それは大事なことだな』
マモンの相槌にアルベリクはぱっと顔を上げた。
「それじゃあにいちゃんは一人で留守番してるの?」
「そうだよ」
「あ、遊びに行ってもいい?」
遠慮がちに尋ねるアルベリクに、ミアはもちろんと笑顔で答えた。
「まだ怪我が治ってないから一緒に遊んであげれないけど、ずっと寝てばかりだから退屈してると思う。だから話し相手になってあげて」
「うん! まかせて!」
ミアのお願いにアルベリクは張り切るとマモンを連れて山小屋へと向かっていく。
その後ろ姿を見送って、ミアは陽気な友人とひとときの休息を楽しむのだった。




