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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 廻
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等価交換

 


「そういうわけだ。お前たちには早々にやってもらわなければならないことがある」


 喜ぶ暇も無しに竜人はユルグにある頼み事をする。


「この匣の中身だけでは俺がこの場所から出ることは叶わない」

「足りないってわけか」

「そうだ。俺の本体が一度ここから出られたならば、力を取り戻すことも容易だが……今のままでは厳しい」


 彼の本体……この巨大な骨竜が大穴から出なければならないが、それを成すにも瘴気がいるということだ。

 匣の中身だけでは不足であり、竜人(ヤト)の四災はだから――と続けた。


「他にもこれと同じものがあるはずだ。それを回収してこい」


 彼の依頼にユルグはマモンと顔を見合わせる。


「そんなこと出来るのか?」

『長時間持ち出さなければ大丈夫なはずだが……』


 件の匣をあの場所から移すことなど、マモンも経験がないらしい。不安そうに語るマモンを余所に四災は話を進める。


「あと二つ。それらを回収するまでこれは預かっておく。それと……お前のことだがな」


 まっすぐに指差されたユルグはいきなりの事に面食らう。

 何事だと訝しんでいるユルグを気にも留めずに、彼は悠々と話し出す。


「その身体であれば長くは生きられんだろう。短命な無人ならば尚更だ」

「何が言いたい?」

「取引をしようじゃないか。お前にとっても悪い話ではないはずだ」


 いきなりの事に眉を寄せるユルグ。そんなユルグの反応を見て、竜人は取引の詳細を語る。


「匣の件はお前たちに任せる。俺がこの場所から出るにはそう苦労はしないだろう。問題なのはその後だ。何をするにしても情報が足りない。こればかりは他人任せとはいかないからな。俺自身が動く必要がある。その為には匣以外に使える瘴気がいる。つまり、お前が持っているモノを寄越せと言っている」


 有無を言わさずの物言いに、真っ先に反論したのはマモンだった。


『そっ、そんなことが出来るわけなかろう! 身体に留めている瘴気のおかげで今の状態を保てているのだ! それを寄越せなどと……死ねと言っているようなものだぞ!』


 ユルグの背後でマモンは吠えた。

 けれど彼の反論に四災は承知済みだと鼻で笑う。


「言われなくともそんなことは理解している。だから取引だと言っただろう」


 ギロリと睨まれて、マモンは竦み上がりながらユルグの背に隠れた。それを気にしつつ、ユルグは四災へと問う。


「取引……ってことは、何かしらの代替案があるってことだな」

「お前には匣の回収を命じた。それを成す前に死なれるなどと、馬鹿な事を俺がするとでも?」


 やれやれと肩を竦めて、四災は本題に入る。


「肉体の寿命を延ばしてやればいい。なに、簡単なことだ」

「延ばすって、何を……」


 ユルグが疑問を口に出す前に、四災は自らの身体から再生したばかりの心臓を取り出した。

 鋭い爪で肉を断ち、手のひらで脈打つ心臓。それをユルグの目の前に掲げると、あろうことかそれを食えと言ってきた。


「……はあ?」


 これにはユルグも困惑を隠せない。突然の事に話が見えない。何をどうしてそんなおかしな事をしなければならないのか。

 どういうことだと尋ねる前に、四災は自分の心臓を握りしめて説明を始めた。


「俺の……竜人(ヤト)の特性は再生だ。言い換えれば肉体の治癒力を高める。お前は種族が違うから無くした四肢が生えてくる事はないが、身体機能の回復ならば容易に出来る」

「それでコイツを食えってわけか?」

「死ぬよりは容易いだろう?」


 致命傷を負っているはずの四災は愉快そうに笑い出す。

 彼が握っている心臓は未だ脈打っていて、血を滴らせていた。これを生のまま食らうのはかなり勇気のいる行動だ。


『だっ、大丈夫なのか!?』


 マモンの心配を余所にユルグは覚悟を決める。

 背に腹は代えられない。腹を括ったユルグは彼の手から心臓を受け取ると、思い切り齧り付いた。


「うえっ……」


 生肉であるからかなりのえぐみがある。それにかなり血生臭い。一口齧っただけでこれなのだ。今すぐ残りの心臓を放り投げたい衝動に駆られる。


「全部食え、吐き出すなよ」


 嘔吐いているユルグに向かって四災は追い打ちをかけてきた。

 それを朧気に聞きながら、息を止めると一心不乱に飲み下す。せめてもの救いはこの肉塊の味が分からないことである。

 こぶし大の大きさの心臓をすべて食べ終える頃には、既にユルグは満身創痍だった。


「うっ、気持ち悪い……」

『大丈夫か?』


 隣で様子を覗っていたマモンも落ち着きがないようで、やけに気遣ってくれる。それを尻目に吐き気を堪えていると、四災は唐突にユルグの右腕を掴んだ。


「少し借りるぞ」


 ぐいっと腕を引っ張られたかと思えば、彼はユルグの右手に齧り付いた。

 鋭い牙に皮膚を貫かれ、血が流れる。あまりの力に骨も軋む。痛みは感じないがやられて嬉しい事ではない。

 しかも何の説明もなしで、いきなりだ。困惑しっぱなしのユルグはついに黙るしかなくなった。


「なにを……っ」

「肉体の治癒力を高める代わりに瘴気を寄越せと言っただろう。安心しろ。これ以上は何もしない」


 右手をひと噛みした四災は掴んでいた腕を放り投げた。

 彼が何をしていたのか。把握する前にすべて終わったらしい。色々とあって冷や汗を掻いたユルグだったが、今度は別の意味で肝が冷えることになる。


「ぐっ……」


 今まで鈍かった身体の感覚が戻ってきたのだ。痛覚、視覚……それと麻痺していた右腕の感覚。おまけに口の中に広がる血の味。

 様々な不快感が一気に押し寄せて、うずくまるしか出来ない。


 本来なら動けないほどの怪我を負っているのだ。それを痛みを感じないからと無理をしてきたツケである。

 先日の魔物の討伐で負った深手に悶絶していると、それに構わず四災は話をまとめる。


「お前たちは匣の回収をしてくれるだけでいい。俺もこれ以上は干渉しない。お互い目的を達せられたならそれで良いだろう?」

「……っ、わかった」


 息も絶え絶えなユルグに一瞥をくれて、四災はユルグたちの前から去って行った。

 頭上を覆っていた竜の頭蓋もどかされて、言外にここから出て行けと言われているのだろう。


『これは……しばらくは動けんだろうなあ。ひとまずはお主の師匠に見てもらって療養するといい。あの四災とやらも期限は設けなかった。怪我が治るまで猶予はあるはずだ』


 マモンの助言にユルグは声もなく頷く。

 竜人(ヤト)の四災が何を企んでいるのか。それは知れないが、今は身体を休める事を優先した方が良さそうだ。


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