心構え
誤字報告、ありがとうございました。
「――大丈夫ですよ」
ギルドの受付に話を通すと、すんなりと了承してくれた。
しかし、ここでまたもや新たな問題に直面する事となる。
「お連れの方も冒険者ですか?」
「いや、あいつは違う」
「そうですか。ギルドの宿舎は冒険者への貸出が原則になっているんです」
「つまり、俺は良いけれど連れは駄目ってことか」
「そうなりますね」
確かにそれが道理ではある。ギルドだって慈善団体ではないのだ。
「でも、冒険者登録をして頂ければランクを問わず宿舎の貸出申請は通るので、不都合が無いのでしたら登録をお勧めします」
「そうだな……少し考えさせてくれ」
受付から離れると、ユルグはギルド内のベンチに座って待っているフィノの元へと向かった。
「どうだった?」
「借りられはするが、冒険者でないと駄目みたいだ」
「んぅ、そうなんだ」
「どうしたい?」
――冒険者になりたいか。
ユルグはフィノへ尋ねる。
「うん」
「本当に?」
迷いなく頷いたフィノに、再度問いかける。
なぜこうもユルグが慎重なのか。
それは、冒険者家業が危険と隣り合わせのものだから、というのが理由の半分。もう半分はこの選択をフィノが本当に自分の意思で選んだのか。それを知りたかったからだ。
今回は、言ってしまえばタイミングがすこぶる悪い。
なんせ借りられる宿がギルドの宿舎以外にはないし、帝国内ではハーフエルフの働き口は皆無である。金を稼ぐなら必然的に冒険者として依頼をこなすしかない。
ここが仮にデンベルクであったのなら、ユルグはフィノに冒険者になって魔物を倒してこいだなんて言わなかっただろうしさせなかった。
勿論、弟子にしたからには戦闘技術は教えるつもりだ。しかしそれは自らの手解きで覚えてもらおうと考えていた。
グランツでもなし、わざわざ実践で身体に覚え込ませようなどとはユルグは微塵も思っていないのだ。
「……いいか、冒険者って言うのは魔物と戦って殺して、そうやって金を稼ぐ仕事なんだ」
「しってるよ」
「当然、命の危険もある。死ななくても怪我をする事だってあるだろう。俺はお前を弟子にすると言ったが、それはあくまでも自衛の為なんだ」
「……うん」
フィノはユルグの言葉に、何かを考えながら頷いた。
そして、その何かを口にする。
「ユ――、おししょうは、つよいでしょ」
「……そうだな」
「ほんとなら、こんなけがしないよ」
ぽつりぽつりと、フィノは話し出した。
聞けばフィノは、ユルグの怪我は自分のせいだと思っているらしい。それは否定できない所もあるが、全てがフィノのせいだとはユルグは思っていない。
あの獣魔に関しては完全にユルグのミスである。むしろ、あの状況を脱せられたのはフィノのおかげなのだ。
「こいつはお前のせいじゃない。俺がドジをしただけだよ」
「でもフィノ、なにもできないから」
――そんなのはいやだ。
ゆっくりと、自分の言葉でフィノは言う。
これから先もユルグの旅は続いていく。勿論、フィノもそれに着いてくるだろう。今回以上に危険な場面にも出くわす可能性だってある。
そうなった時に、足手まといにはなりたくないのだとフィノは言った。
戦闘技術を学ぶとしても、一朝一夕で身につくものではない。あれは場数と経験を積んで徐々にものにしていくしかないのだ。
フィノの思いを汲んでやるのなら、冒険者として依頼をこなしていくのが一番の近道ではある。
「……わかった。そこまで言うなら、もう何も言わない」
「――じゃあ」
「自分で決めた事だ。もういやだ、なんて弱音吐くんじゃないぞ」
「うん!」
立ち上がったフィノは、ユルグへと抱きついてくる。それを適当にいなしながら話を続けた。
「そうとなれば早速、冒険者登録を済ませたいんだが……まずは適性を調べないとだな」
「……てきせい?」
「信心深い奴は神託なんて言うが……冒険者としてやっていくなら職業が重要になってくるんだ。一度登録してしまうと変更は利かないから、神殿で見てもらわないといけない。この街なら教会か」
「う……んぅ?」
ユルグの説明に頷くフィノだが、いまいち理解していなさそうだ。
「お前でも分かるように言ってやると、魔法を使えるかどうかってことだな」
「フィノも、おししょうみたいに、まほうつかえるの?」
「だからそれを今から調べに行くんだ」
「へぇー」
説明に一段落付いた所で、ユルグはフィノを連れて教会へと向かった。
神殿や教会は、基本大きな街や国の主要都市にしかない。ユルグの生まれ育った村には無縁の場所であった。
神託を授かることは誰にも出来るし許されていることだ。しかし、授かる理由が無ければ一生関わりなく生きていく人間だっている。
故郷の村人は殆どがそうだった。冒険者として生計を立てるならともかく、農作業で食っていくのにわざわざ女神の神託を受けようだなんて奴はいない。
だったらなぜユルグが『勇者』の神託を授かったのか。
理由は単純である。先代の勇者が魔王討伐の志半ばで死んでしまい、次代の『勇者』を見出す為に国を挙げて捜索が行われたのだ。
ユルグの村にも神官が来て――『勇者』の枠に、偶然ユルグが選ばれてしまった。その後は言わずもがなである。
先代はアルディア帝国出身だったらしい。勇者の出現は国を問わずなので、各国には次代の勇者を保護するという責務があるのだ。
そうやって、世界のためにその身を犠牲にする聖人を長きに渡る間、生み出している。
「……不毛だよなあ」
教会の壁に背を預けてぽつりと呟いた言葉は、ユルグ以外聞いている者はいない。
魔王がいつから存在しているのかは知らない。けれど、それと対になって『勇者』という存在もあったのだろう。
今もユルグが必要とされているのなら、魔王は今日まで生き続けているということだ。倒せないのか、それとも殺しても死なないのか。仮にそうだとしたら『勇者』の存在は何とも不毛である。
「俺はそこまで尽くせないよ」
溜息交じりに言葉を吐いた直後――教会の扉が勢いよく開いた。
中から現れたのはフィノだ。どうやら神託とやらの授与が終わったみたいだ。
「どうだった?」
「まじゅつし、だって」
「良かったじゃないか」
エルフは魔法職の才能がある奴が多い。種族的なものなのだろう。
半分その血を継いでるフィノも例に漏れずである。
「いいことなの?」
「魔術師は後衛職だから怪我をするリスクが少ない。と言っても、俺は後衛の戦い方にそんなに詳しくはないからなあ」
冒険者としてスタートする準備は整いつつあるが、どうやってフィノへと教鞭を取るか。ユルグは悩んでいた。
カルラも言っていた事だが、ユルグの戦い方はかなり特殊だ。魔法が使えるのに、前衛で身体を張って敵の相手をする。他の冒険者から見たら相当異色に映るだろう。
だからといって、それ以外の戦い方はよく知らない。
「お前はどうしたい」
「……なにが?」
「基本的な魔法と剣の扱い方なら俺も教えられる。でも魔術師としてやっていくなら剣なんて振らなくても良いんだ」
「そうなの?」
「俺以外は皆そうだな」
ユルグの話を聞いて、フィノは考える素振りを見せた。
少しして、藍色の瞳がじっとユルグを射貫く。
「ユルグといっしょがいい」
「一緒か……」
わざわざ聞かなくとも良かったのかもしれない。これ以外の戦闘スタイルを教えるのは、ユルグでは力不足だ。それに後衛を抱えての戦闘は一人ではキツい。考えてもみれば、フィノの言う『一緒』が一番理に適っているのではないだろうか。
「わかった。そうしよう」
「フィノ、がんばるね」
「ああ、でもそれは明日からだな。今日は登録と宿舎の手続きをするだけにしておこうと思う」
「んぅ、わかった」
そう告げると、フィノはにこやかな笑みを浮かべて頷くのだった。