幼馴染みとして、できること
ここから先は本編とは別のIFルートになります。
【第218部 逃れられぬ業】からの分岐となります。
マモンはユルグの無謀な行いに付き合いきれずに、彼を祠に残してその場を後にした。
そのまま居候をしているアルベリクの元へと戻ると思いきや、彼の足取りは山中にある山小屋へと向かっている。
彼には、どうしてもやらなければならないことがあるのだ。
「あれ? マモンじゃない。どうしたの?」
山小屋の扉を叩くと、顔を見せたミアは驚いていた。
何の前触れもなく、突然無骨な鎧姿が目の前に現われたのだ。その正体を知っていても、どうしたんだと訝しむのは当然のこと。
マモンの返答を待たずに、ミアは小屋へと招き入れてくれた。
「一人で来たの? ユルグなら街へ行ってるから、用があったのなら」
『いいや、そうではない』
ミアの言葉を遮って、マモンは顔を上げる。
本当ならば、これは当人同士で話し合うべきことなのだろう。しかし……たったいま、ユルグと話してマモンは確信した。
肝心の本人にはまったくその意思はないのだ。あの強攻策が良い例だ。
マモンはユルグの決断を良しとはしなかった。間違っていると断じて、祠から戻ってきた。何もそれは魔王の器である彼を心配してのことだけではない。
今も健気にユルグを想っているミアの為でもあるのだ。
だからこそ――
『ミアに話があってきた。大事な話だ』
マモンの言葉に、ミアは驚きに瞠目する。
けれどそれはすぐに緊張を孕んでいく。マモンの真剣さに、彼女も気づいたのだ。
「大事な話って……ユルグのこと?」
『……そうだ』
言い淀みながらもマモンははっきりと伝えた。
するとミアは一度頷いてからマモンをテーブル椅子へと促した。自分はそれの対面へと座る。向かい合う形になった所でミアはぽつぽつと話し出した。
「あの人が何か隠しているってことは、少しわかってた。でもそれは、きっと私には知られたくないこと。だからあの人が自分から言ってくれるまで待っていようって思ってたんだ」
ゆっくりと語るミアの想いを聞いて、マモンは複雑な心境だった。
彼女なりに思う所もあり、それでもミアはユルグのことを信頼しているからこうして待っていたのだ。
けれどそれに応えようにも、彼女に打ち明けられない想いも理解出来る。
ユルグの強攻策は、考えて考え抜いての苦肉の策だった。前にも進めず後ろにも退けない。そんな状態で出した彼なりの想いの証なのだ。
けれどマモンにはあれが正解だとはどうしても思えない。もっと良い方法があるはずだ。例えそれで辛い想いをしたとしても、生きてさえいればなんとでもなる。
こうして支えてくれる大事な人が傍にいるのだから。
「でも、きっとこのままじゃいけないんだと思う。だから……」
ミアはマモンを見つめる。
縋るような彼女の眼差しを受けて、マモンは重苦しくも口を開く。ここに来たのは真実を打ち明ける為なのだ。
===
ミアを前にしてマモンはすべてを打ち明けた。
ユルグが長くは生きられないこと。勇者と魔王について。すべての元凶は自分にあること。この先、何が待っているか――
すべてを語り終えた頃。ふと顔を上げるとそこには静かに涙を流すミアの姿があった。悲しむ彼女にマモンは何の言葉もかけられない。
『……すまない』
かろうじて発した言葉は酷く薄っぺらいものに見えた。ミアが抱える悲しみはこんな言葉一つではどうすることも出来ない。
けれど彼女は泣きながら頭を振った。
「あっ、……あなたのせいじゃない」
『いいや、それは』
「ううん……きっと誰も悪くない」
嗚咽混じりに答えたミアの言葉に、マモンは何も言えなかった。
偽善と思われても仕方ない答えだったが、マモンはそれをミアらしいと思った。けれど人は誰しも追い詰められると責任を転嫁したくなる。
そうしなければ心が保てないからだ。自衛本能でもあり、それが正しいことであるとマモンは思う。
だからこの場でどんな言葉で責められても、マモンは甘んじて受け入れるつもりだった。それがせめてもの償いであり、彼が出来る唯一のことなのだ。
しかしミアが選んだのはそれとは真逆のものだった。
彼女は誰も恨んではいないのだ。
「わ、わたしは……あなたがどれだけ苦しんできたか。しってるよ。私にとってのマモンは、大事な人のことを思いやれる……とっても優しいただのマモン。あなたは自分のこと、心のない怪物だなんて言うけど、私はそうは思わない。だって、冷酷無比な魔王様はこんなこと、しないでしょ?」
涙を拭いながら笑って言うミアの言葉に、マモンは何も言えなかった。
沈黙を貫くマモンを見据えて、対面していたミアは決心したように大きく頷くと、返答を待たずに告げる。
「ユルグのことは私に任せて。帰ってきたらちゃんと話するから。そんな馬鹿みたいなことしようとしてるなら止めなきゃね」
『すまない……なんと言ったらいいか』
「気にしないの!」
落ち込むマモンを元気づけるようにミアは笑顔を絶やさない。本当ならば泣き喚いてもおかしくないのだ。気丈に振る舞うその態度に、マモンは言葉もなく頷くことしか出来なかった。
「あっ、でも私が泣いてたことは内緒にしてね。私もユルグには心配かけたくないから」
『う、うむ……わかったよ』
はにかみながら椅子から立ち上がると、ミアはマモンを送り出した。
ひとりになった室内で、落ち込んでいられないと両手で頬を叩く。
しかし説得するにも、ユルグの頑固さをミアは嫌というほど知っている。簡単に折れる人ではないし、それが大事なものを守る為だったら尚更だ。
けれどそんなことで諦めてはいられない。
ここまで旅をしてきて、すぐ傍で見てきてわかったのだ。
彼の歩んできた道がどれほどに過酷なものだったのかを。ミアが想像もつかないほどの絶望を味わってきた。
彼の中ではそれはまだ終わっていない。ユルグが生き方を改めない限り、きっとこれからも続いていく。
もちろん、そんな生き方などミアはしてほしくない。今までたくさん頑張ってきたのだ。ここで投げ出したって、責める人は周りには一人もいない。
「もういいんだって、大丈夫だって言ってあげなくちゃ」
ただの村娘であるミアにはユルグの背負うものを肩代わりすることは出来ないだろう。それでも……傷ついた心に寄り添うこと。
それこそが、幼馴染みとして出来ることなのだから。




