黎元の英雄
「フィノ!」
息を切らして駆け寄ってきたヨエルはなぜかとても嬉しそうにしている。
ご機嫌な様子に不思議がっていると、彼は足元にいるマモンを一度見遣って、それからちらりとフィノを見た。
「どうしたの?」
「えっ、と……すこしだけ目をつむってて!」
「え? いいけど……」
理由を聞く前に急かすヨエルに観念したフィノは、大人しく目を瞑る。
すぐに、「ぜったいにあけないでね!」と念押しされる。素直にそれに従っていると、ゴソゴソとどこからか衣擦れの音が聞こえてきた。
少しして、「あけていいよ!」と許可が出る。
それと同時に、ふわりと首元に何かが触れた。
「これ……」
首元に目を向けると、そこには目の粗い襟巻きが巻かれていた。浅葱色のそれはごわごわとしている。
「それ、ぼくがつくったやつ! フィノ頑張ったから、マモンと贈り物しようってかんがえてたんだ!」
『うむ。出来は拙いが気持ちは籠もっているよ』
恥ずかしそうにはにかんで、ヨエルはにっこりと笑った。
「あっ、……ありがと」
「まえ使ってたの、ボロボロだったからこれにしたんだ」
「んぅ、とっても嬉しいよ」
フィノの一言にヨエルは嬉しくなって、この数日間のことを話し出す。
おばさん……ティルロットに作り方を教わったこと。少しだけ手伝ってもらったこと。
作っている最中、フィノにバレないように必死に隠していたこと。色染めはマモンがしてくれたこと。
夢中で語るヨエルに、フィノは屈み込むとその身体をぎゅっと抱きしめた。
「わっ、なに!?」
もぞもぞと腕の中で動くヨエルは恥ずかしそうにしている。
抱きしめた身体の温かな体温に、フィノは深く息を吐き出すと意を決して話し出した。
「ヨエルに、聞いて欲しいことがある。とっても大事なこと」
「……う、うん」
真剣な表情をするフィノを見て、ヨエルはただごとでは無いと感じ取った。恥ずかしさは成りを潜めて、じっと彼女の目を見つめる。
「ヨエルに謝らないといけないこと、沢山あるんだ。でも嫌われるのが怖くてずっと言えなかった」
「……フィノ、わるいことしたの?」
「うん。だから、本当ならヨエルの傍にはいちゃいけないんだ」
その一言を聞いた瞬間、ヨエルはとても悲しくなった。
伏せられた藍色の瞳は、気まずそうにしたまま少年を見つめてはくれない。
醸し出される態度に、ヨエルは滲みそうになる涙を必死に堪える。唇を噛んで、険しい顔をしながらも、どうしてフィノがこんなことを言い出したのか。
彼には少しだけ心当たりがあった。
フィノの悔恨、ヨエルにたいしての罪悪感の大元は、きっと彼女の師匠が関係している。ヨエルの父親であるユルグについて。
以前フィノは少しだけ、それについて話してくれた。自分の手で師匠を殺してしまったのだ、と。あの時、フィノがどんな顔をしていたのか。ヨエルにはわからない。それでもあの告白がどんな思いで成されたのか。それがわからないヨエルではないのだ。
フィノのことを快く思っていなかったあの時と今は違う。彼女がどんな思いで、何をしてきたのか。知っているから。
だから……きっと、誰でもない。自分でなければ、彼女を救ってやれない。
それに気づいた瞬間、ヨエルは涙を堪えて自分の想いを伝えていた。
「いっ、……いやだ! さよならはいやだ!」
叫び声にフィノは驚き目を円くする。
半ば癇癪に近いヨエルの様子に、どうしていいかわからないまま。固まるフィノに、少年は捲し立てた。
「フィノは何もわるいこと、してない! お父さんのことも、ぼく怒ってないよ! だっ、だから……きらったりなんか」
途中から堪えられなくなってくしゃくしゃに顔を歪めたヨエルを見て、フィノはどこかほっとしたような表情を見せた。
それから嬉しそうな顔で笑みを浮かべる。
「うん。私もヨエルのこと、好きだよ」
からかうような笑み混じりに、フィノは続ける。
「本当ならヨエルの傍にいちゃいけないんだ。でも、あなたのことお師匠に頼まれた。だからそれだけはどうしても守らないといけない」
「う、うん……」
「最初はそう思ってた。でも、気づいたんだ。頼まれたからとかそんなんじゃない。私がヨエルの傍に居たいって思ったんだ」
許されないことをした自覚も、贖罪もある。けれど、それを抱えていてもフィノはヨエルの傍に居ると決断したのだ。
まっすぐに目を見つめて放たれた告白に、今度はヨエルが驚く。
てっきりフィノはどこか遠くに行ってしまうんじゃないかと思っていたからだ。けれどそうじゃない、とはっきりと否定されたことにヨエルは困惑してしまう。
フィノは固まっている少年の涙の跡を拭うと、だから――と続ける。
「これから先もずっと、ヨエルの傍にいさせてほしい」
この一言が、フィノの言いたかったとっても大事なこと。
それを理解したヨエルは、自分の勘違いに急激に恥ずかしくなった。まっすぐに見つめられる視線から目を逸らして下を向く。
「もちろんヨエルがいいよって、言ってくれたらだけど」
自信なさげに呟いた言葉に、ヨエルはがばっと顔を上げる。
「いいよ! ぼくなにも気にしてない!」
「ありがと。でもヨエルにはちゃんと知ってもらいたい。私の大切な人の話」
優しく微笑んで、フィノはヨエルの手を引くと歩き出す。
暖かな部屋で、懐かしさに想いを馳せる。
これから語るのは、かつて勇者と呼ばれたひとりの男の話だ。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
これにて完結となります。かなりの長編になってしまったのは予想外でしたが、それでもここまで書ききれたのは読んでくださる読者様たちのおかげです!
本当にありがとうございました!!
書き切れていない設定はまだあるのですが、大筋は書けたのでここで一旦、締めとさせていただきます。
後日談的な話は考えてあるので、筆が乗った時にちょこちょこ書いていけたらいいなあ、と思っています。
ifルートについてですが、いつ頃開始するかはまだ決めていません。構想は練っているのですが、執筆には至っていないので、それなりにお時間は頂くことになるやも……気長に待って頂けたら幸いです。
では、また後でお会いしましょう。ありがとうございました!
よかったら、応援の意味も込めて評価してくれるととっても嬉しいです。




