健全な在り方
ヨエルが観光から戻ってくると同時に、街に行っていたフィノも帰ってきた。
彼女の後ろから着いてきていたヅェ・ルヴィは、調達してきた物資を適当に置くと脇目も振らずにマモンへと近寄っていく。
『うおっ、なんだ!?』
「ふむ、なるほど」
じろじろと凝視されてマモンは後退る。それを逃すまいと、ヅェ・ルヴィはじりじりとにじり寄っていく。
しばらくそれを繰り返して、答えが出たのか。彼はくるりとフィノを振り返った。
「これならばなんとか出来そうだ」
「ほんとう!?」
「だが手段は限られてくる。瘴気に代わる動力を得るなら……今の所、この場所が適所だろう」
そう言って、ヅェ・ルヴィは孵化場を指差した。
『な、なんの話をしているのだ?』
「キミの抱えている問題を解決してくれと頼まれた。このままで居られないことは、キミだって理解しているはずだ」
突然のことに戸惑いを隠せないマモンだったが、正論を返されてはぐうの音も出ない。素直に頷くと、だから――とヅェ・ルヴィは続ける。
「あの孵化場は命を生み出す場所。その力の源は大地そのものだ。そこにキミ一人が寄生したところで問題にもならない。呪詛から創られたキミの存在を繋ぎ止めるにはこれ以上の場所はない、と私は考える」
結論を出すと、ヅェ・ルヴィは竜人の面々を見遣る。長の見解に、他の四人は快諾する。
竜人にとって、この孵化場は何よりも大切な場所だ。それを自分たち以外の者に明け渡すことは本来ならあり得ないこと。
しかし、恩人である彼女らの頼みならば……この場で難色を示す者は誰も居なかった。
「だがこの手段は延命処置に過ぎない。根本的な解決にはほど遠い」
「……どういうこと?」
「私が提示した解決案は、彼の存在を繋ぎ止めるだけのもの。瘴気の代替と思って欲しい。孵化場を利用することで消滅は免れるが、その本質は変わっていない。彼は依代……器がなければ存在を維持出来ない。その少年が良い例だ」
ヅェ・ルヴィはヨエルを見遣って、それからマモンに目を向ける。
「キミはこれが健全な在り方だと思うか?」
『いいや……間違っている。だが、己にはどうしようもないことだ』
マモンを創り出したログワイドはすでに居なく……挙げ句、彼の望みは自らが創り出したモノの終わりだった。
創造主に存在を否定されては、被造物の存在意義はなくなる。それでもマモンが消えてなくなりたいと思わないのは、ヨエルが居てくれるからだ。少年の存在が、怪物にとっての唯一の希望なのだ。
「生物ならばその存在を創り変えることは不可能だ。しかし、キミは生物とは言い難い。多少の無茶も通ってしまう。僥倖というものだ」
そう言って、ヅェ・ルヴィは愉快そうに笑った。
「それって……マモン、死なないってこと!?」
「ンアァ、そうみたいだ。よかったね」
ドゥ・ルヴィの返答を聞いたヨエルは、彼の身体から降ろしてもらうとマモンの傍へと駆け寄る。大きな身体に精一杯抱きつく少年の様子はとても嬉しそうだ。
「無茶って、危ないことするってこと?」
「いいや、そうではない。だがすぐに解決出来るものでもない。それなりの準備も必要になってくる」
ヅェ・ルヴィの説明によると、彼の解決方法には三つの手順があるらしい。
「まずは彼の器となれるモノを調達しなければならない。空の身体が必要だ」
『……空の身体だと? そんなもの、どうやって』
「正規の方法では入手困難だ。生物を依代にするにしても、肉体を使ってしまってはキミがそれを独占する事は出来ない」
彼が言う方法はマモンが今まで取ってきた方法だ。しかしそれは使えない。けれど、そうは言ってもそれ以外の方法など思い浮かぶはずもない。代用があったのならすでにそうしているはずなのだ。
フィノもマモンもヅェ・ルヴィの話を聞いてもいまいち理解が及ばなかった。
「ならば一から身体を創ればいい」
『そんなことは可能なのか?』
「ああ、だが竜人にはその能力はない。機人の力を借りよう。あの種族ならば容易なはずだ」
それが手順の一つ目。
「とはいえ、すぐに用意出来る代物でもない。その間の繋ぎとして、キミにはこの孵化場を利用して貰う」
それが二つ目であると、ヅェ・ルヴィは語る。
そして最後の三つ目。
「新たな身体が出来たら、そこで私たちの出番だ。キミと少年との繋がりを断ち切って、それに移す。だが今までのように器を変えるのでは何も変わらない。キミが自立して生きていけるように生態そのものを書き換える」
それがヅェ・ルヴィの考えた解決策だ。
突拍子もない話のように聞こえるが、現状何も出来ないところに降って湧いた妙案。これに縋り付く他はない。
「だが、これには一つ問題がある」
『うむ……』
「今のキミの特性は受け継がれることはない。不死身の身体は失われる」
彼の答えは、二千年生きてきたマモンの人生の終わりを意味していた。けれどそれを聞いて、マモンは構わないと言う。
『そうしてくれ。己の使命は既に終えた。長すぎる生はこれ以上必要ない』
「了解した。ではそれでいこう。機人への交渉は……キミに任せても構わないかな?」
「んぅ、わかった」
交渉人ということなら慣れたものだ。フィノはヅェ・ルヴィの提案を快諾する。
けれど、久しぶりにこの場所へと帰ってきたのだ。再び各地を飛び回ることになるだろうけど猶予もある事だし、しばらく休暇を楽しんでも罰は当たらないはず。
話を終えたマモンは、抱きついてきたヨエルの身体を抱き上げて肩車をする。
『用事も済んだことだ。小屋へ帰ろうか』
「うん! あっ……まって!」
ヨエルはマモンに担がれたまま、眼下にいる竜人たちを見遣った。
「また遊びにきてもいい?」
「ンアァ、もちろん!」
「歓迎するよ」
新しい友人たちの言葉に、ヨエルはとびきりの笑顔を向ける。
別れの挨拶を告げると、少年は住み慣れた小屋へと帰っていった。




