おおらかな隣人
ギィ・ルヴィとの話の途中。小屋に戻ってきたのはフィノだった。
かなり急いできたらしく、息を切らして皆の前に現われる。
「おかえり!」
『そんなに急いでどうしたのだ?』
ヨエルとマモンの出迎えに、フィノはほっと息を吐く。
どうやら取り越し苦労だったようだ。しかし小屋の中にいる部外者を見て、安心するにはまだ早い事を悟る。
「ただいま……それは?」
「雪の中に埋まってたんだ!」
「ええ?」
ヨエルの話を聞いても要領を得ない。困惑しているフィノに、ヨエルに代わってマモンが説明をする。
『――というわけで、今わかっている事は、こやつが竜人であることだけだ』
「んぅ、そっか」
マモンの話では竜人の彼には身内がいないらしい。それを聞いてもルヴィは明確な答えをくれなかった。
それを聞いて、フィノはもしかして……と予測をつける。
山頂にあった孵化場。あそこには孵ったであろうタマゴの殻が一つだけあった。そこから出てきたのが、きっとこのルヴィなのだ。
その事を彼に問い質すと、ルヴィはそうだと頷いた。
「なんでここに?」
ヨエルは先ほど、ルヴィは雪の中に埋まっていたと言っていた。どうしてそんな状況になったのかも気になる所だが、そもそも彼は寒さに弱いらしい。
あの孵化場はとても暑かった。本来ならあの場にいるべきなのに、危険を冒してまで山を下りてきたのだ。それなりの理由があるはず。
「ンアァ、それは……腹が減っていたから……空腹のままでは成体になれない」
ルヴィがここまで来たのは食べ物を求めてだった。しかし、寒さに弱い彼ではあの孵化場から一歩でも外に出ると満足に動けなくなってしまう。
けれど、あの場所に居てもどうすることも出来ず、引くにも引けず寒さしのぎにちょうど良い、ヨエルの秘密基地で休んでいたところ……急激な気候変動で脆くなっていたかまくらが崩れて閉じ込められてしまったという。
近場にこの小屋があったのは見えたが、警戒して近付かなかったそうだ。
「ギィは成体になるまで、ろくに動けない。でも、先に生まれたのがギィだった。他の氏族ならもっと上手くやれてたはず」
深い溜息と共に、ルヴィは項垂れる。
竜人について、この場に居る全員は何も知らない。それでもルヴィの話から、彼らには種族的な違いがあって、それぞれに役割があるようだ。
『ふむ、興味深い……他の氏族とやらはどんな姿をしているのだ? 皆がお主のようなトカゲでもあるまい』
「ンン、……ギィは大神様に一番似ている。ルヴィのような幼体では役立たず。成体になれば山よりも大きくなれる」
「そんなにおっきくなるの!?」
「ンアァ、空も飛べる。火も吐ける」
チロチロと舌を出して笑うルヴィに、ヨエルは大はしゃぎ。矢継ぎ早に質問を繰り返して、ルヴィを困らせる。
しかし、その話を聞いたフィノはヨエルのように無垢ではいられない。半信半疑だった。
今は地べたを這いずるしか出来ない彼が、のちのち山よりも大きくなるとはにわかには信じられない。
「大神様って?」
「ギィたちを作った。竜人は大神様の骨から作られる。みなそれを信じていて、だからとっても大事で尊いもの」
ルヴィが語る大神様とは、大きなドラゴンの姿をしているらしい。
それを聞いて思い浮かぶのは、ユルグがかつて大穴の底で出会ったという竜人の四災だ。たしか、彼も本体は大きな竜の姿をしていたとユルグの手記に書いてあった。
きっとルヴィの言う大神様というのは、例の四災のことを指しているのだ。
その事をルヴィに尋ねると、彼は頷いた。
「大神様、自分の肉で孵化場を作って、骨でギィたちを創った。知ってるのはそれだけ」
どうにも竜人の彼らには与えられた使命などはないらしい。
アルマは機人の四災に直々に心の獲得を命じられていたが……竜人には何の干渉もない。つまり、好きにしろということだ。
『ならば、他の者に対して害意はないということだな?』
「ンアァ、ギィも他の氏族も争いは好まない。暖かい場所と平和が好き」
『その言葉に偽りはないと誓えるか?』
「大神様に誓って、ないよ」
マモンの念押しに、ルヴィはまっすぐに答える。
彼は良くも悪くも裏表のないトカゲのようである。しかし今の彼はとても非力だ。寒さの厳しいこの場所では、自分で食事にありつくことすら難しい。
竜人、ギィ・ルヴィには他者の協力が不可欠なのだ。そのことは彼も充分に理解している。だからこそ、それを棒に振るような行いはしない。
「ねえ、フィノ」
「うん?」
「ルヴィ、ここに居ちゃダメ? ぼくがちゃんとお世話するから!」
話が一段落したところで、突然ヨエルが突拍子もない事を言い出した。
確かにそれが一番ベストな選択だ。けれどそれに異を唱える者がひとり。
『だっ、だめだ!』
「ええーっ、なんで? ずっとじゃないよ?」
『イヌネコならまだしも、そのようなトカゲの世話など、したことがないだろう!』
「そうだけど……ちゃんと出来るよ!」
「ンアァ、ギィはペットじゃないね」
ぐぬぬ、と悔しげにするマモンの様子を見てフィノは察した。彼は自分の立ち位置を奪われてしまうことを危惧しているのだ。
それに気づいたら、マモンの抗議もやきもちのように思えて仕方ない。
ぎゃあぎゃあと喚く三人の話を聞きながら、フィノは微笑ましい様子に笑みを零した。