最初の一人
鮮やかな赤い鱗を持つそれは、やけに緩慢な動きで空洞から出てきた。
そして、目の前に立つ鎧姿のマモンを見て開口する。
「ンアァ、助かったよ。アリガト」
『喋れるのか!?』
「おかしなこと、聞くね」
そのトカゲは、当たり前だろうとマモンの問いに答える。しかしどう見ても目の前にいるのはトカゲだ。二足歩行でもないし、ヒト型でもない。会話も出来ずに意思の疎通も出来なかったら魔物と間違えられても仕方ない風貌なのだ。
「わっ、なにそれ!?」
マモンの背後から顔を出したヨエルは喋るトカゲを見て声を上げた。
先の忠告を無視してトカゲの面前に出てくると、奇妙な生物に向かって質問攻めにする。
「なんでしゃべれるの? どこからきたの?? どうしてここにいたの!?」
「ンアァ、そんなにいっぺん、答えられない」
困ったように口籠もったトカゲは、さっきからブルブルと震えている。体調が悪いのか、動きも遅い。
その事に気づいたヨエルは、心配そうにトカゲを覗き込んだ。
「だいじょうぶ?」
「寒いのはムリ。動けなくなる」
「えっ!」
「腹も減った。何もたべてない」
「ええっ!?」
それを聞いたヨエルは慌ててマモンを振り返る。
「小屋につれていこう!」
『ううむ、だがなあ』
「こまってるし、ここにいたら死んじゃうよ!」
ヨエルの必死の説得にマモンは渋々それを聞くことにした。もしここでマモンが断れば、ヨエルは何をするかわからない。それならば目の届く範囲にいてくれた方が良いというわけだ。
『わかった。連れて行こう』
「やった! じゃあぼく、先に行って火起こししてるね!」
よろしく、とマモンに告げるとヨエルは脇目も振らずに小屋へと戻っていく。その後ろ姿を見つめて、マモンはやれやれと肩を竦めるのだった。
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二人の目の前に現われたトカゲは、マモンに抱き上げられて小屋へと入ると大きな吐息を漏らした。
「ンアァ、生き返るよ」
「元気になった?」
「とっても暖かいね」
「ごはん用意するから、まってて!」
バタバタと部屋の中を走り回るヨエルと、正体不明のトカゲを警戒するマモン。
『それで、お主はどこから来たのだ? 随分長いこと生きてきたが、喋るトカゲなど見たことがない』
問い詰めるマモンに、トカゲはじっとマモンの姿を見据えて思いもよらない事を言う。
「キミのような呪詛がいると、思わなかった」
『……呪詛だと?』
予想外のトカゲの発言に、マモンは驚く。それを知っているということは、今の時代の生物ではない。となれば答えは自ずと絞られてくる。
『もしや……竜人なのか?』
「そうだよ」
トカゲはヨエルが用意してくれた干し肉を挟んだパンに齧り付きながら肯首する。
「おいしい?」
「ンアァ、とってもおいしい」
「おかわりもあるよ」
甲斐甲斐しく世話を焼くヨエルは楽しそうだ。トカゲも大人しいもので、マモンが懸念した事態にはならなそうである。
それに安堵して、マモンはとりあえずこの状況を静観することにした。
このトカゲが本当に竜人であったのなら、フィノが来るまでここに留めていたほうが良い。
きっと先日のシュネー山での異変にも一枚噛んでいる存在である。何があったのか知るためにも、当事者に話を聞くのが一番だ。
しかしそんなマモンとは対照的に、ヨエルは浮かんだ疑問をまっすぐにトカゲへとぶつける。
「名前は? なんていうの? ぼく、ヨエルっていうんだ。こっちはマモン」
「ギィ・ルヴィ」
「……ぎぃ?」
トカゲの名乗りを聞いて困惑するヨエルに、彼は笑って答える。
「ギィは氏族、ルヴィが名前」
「氏族ってなに?」
「一族を表すもの」
「ううん……家族ってこと?」
「ンアァ、そう」
どうやらルヴィには家族がいるようだ。それを聞いたヨエルは嬉しそうにするが、当の本人は浮かない顔をする。
『家族、ということは……お前以外にも同じものがいるのか?』
「それはわからない」
『わからない?』
奇妙な返答にマモンが問い質すと同時に、小屋の扉がノックされた。