露わになる異変
浮遊城の見学ののち、一行はスタール雨林を迂回して関所を通ってアルディア帝国へと入った。
関所は通行手形がないと通れないが、事前にアリアンネが話をつけておいてくれたらしく、関所の門衛はすんなりと通してくれた。
もともと雨林の通り抜けはヨエルがいるからと避けていたのだ。帰りもそうなるだろうと踏んで、アリアンネが配慮してくれていたらしい。
「また一つ借りができちゃったなあ」
『そこはお互い様だろう。フィノの功績を考えればこれでは足りないくらいだ。交渉次第では遊んで暮らせる程の報酬も夢ではないな』
珍しく俗物的な事を言うマモンにフィノは思わず笑みがこぼれる。
しかしフィノは贅沢な暮らしを望んでいるわけではない。もちろんそんな要求をアリアンネにするつもりもないし、これからも友好的な関係を築いていければそれでいい。
確かに彼女はかつて許されないほどの罪を犯した。けれどフィノはそれを恨んだり憎んだりはしていない。
個人的に思う所はあるが……彼女の今は尊敬するお師匠が選んだ結末なのだ。それを蔑ろにして許せないからと復讐に走るのは間違っている。
きっとここまで割り切れたのは、十年の歳月とヨエルの存在があったからだ。
理由をつけて寂しい思いをさせてしまったけれど、それでもフィノはヨエルの事を心の片隅では気にかけていた。
ユルグに頼むと言われたのだ。その約束があるのに、自らも罪に塗れてしまってはどうしようもない。せめて子供の前では正しくありたかったのだ。
今のフィノにそれが出来ているかはわからないけれど、そうであったらいい。
「フィノは家に帰ったらどうするの?」
帝都に向かう道すがら。ふいにヨエルはそんなことを聞いてきた。
何の気なしの問いかけにフィノは少し言い淀む。
ヨエルも考えなしの質問だったのだろう。
思えば一年前から今まで、少年が見てきたフィノはいつも何かに追われていて忙しなかった。彼がエルリレオと暮らしていた時とは色々と勝手も違っていたはずだ。
フィノとの生活はそれが当たり前で、だからヨエルにはこれからの生活がいまいち想像出来ないのだろう。
「んぅ、っと……そうだなあ」
『ヨエルは何かしたいことはないのか?』
困っているフィノを見かねてマモンが話題を逸らしてくれた。
「ええ、ぼくはね……また旅行にいきたい!」
『旅行……長旅から戻ったばかりなのにか?』
「うん! レシカにまた来るねって約束したんだ!」
『ははっ、それはいいな』
「フィノもまた行きたいっていってたもんね」
弾む会話に期待を込めた眼差し。それらを向けられてフィノは頷くより他はない。
「いいよ。でもすぐにはいけない。ずっと家を空けるとアルが困っちゃう」
留守にするときは山小屋の管理をアルベリクに頼んでいるのだ。
長い間任せっぱなしというのも悪いし、彼にも仕事がある。迷惑をかけるわけにはいかない。
「あっ! おにいちゃんにお土産かっていかなきゃ!」
「うん。何が良いかな」
『うむ、最近は猟師として生計を立てられるようになったと言っていた。仕事道具などは喜ばれるだろうなあ』
シュネー山の麓の街、メイユで暮らしているアルベリクは昔は冒険者に憧れていたが、今は猟師として頑張っているらしい。
ヨエルも彼にはたくさん遊んでもらっていた。二人はとても仲良しでエルリレオが亡くなってからは少しだけ疎遠になっていたけれど、今でもヨエルはアルベリクに懐いているし、当の本人も家の留守をまもってくれている。
フィノもアルベリクには感謝しているのだ。
「仕事道具……帝都に腕のいい鍛冶師がいるってルフレオンが言ってた。たぶんもう戻ってきてるはず」
「一級品のナイフならば使う機会も多いだろう。良い選択だな」
「はいはい! ぼくえらびたい!」
『ヨエルは刃物の良し悪しなどわからんだろう』
「わかるよ! ちゃんときれるやつ!」
『うむ……まあ、そうなのだが』
二人の会話を聞きながら街道を進むと、数時間すると国境付近の街であるメルテルについた。
アルディアに入ってから初めて訪れる街。もちろんここでもあの浮遊城が見える。この街はスタール雨林も近いからだ。
今のところ何の被害もないという事だが、きっと皇帝であるアリアンネにもこの話は伝わっているはず。きっと彼女に会ったならば質問攻めにされるだろう。
しかしそれとは別に人々を賑わせている話題がもう一つあった。
「んぅ……やっぱり見間違い、じゃないよね」
『あれは見間違いようがないだろうなあ』
「アルヴァフのおっきい木よりもおっきいね」
アルディア帝国は広大な領土を持つ。
帝国領の端から端までは目視では視認出来ない。けれど確かに見えるのだ。地平線の彼方――大地に聳える巨木の姿が。
番外編、最後の一話は本日夜に公開します。




