浮遊城
ルトナーク王国を出て、となりのデンベルク共和国へと入ったところである情報がフィノの耳に入ってきた。
「戦争、おわったんだ」
『うむ、そうみたいだなあ』
ルトナークとの国境近くの街であるヘルネの街で食事をしていると、どこからともなくそんな話が聞こえてくる。
街の雰囲気からもそんな予感はしたが……これもアリアンネの頑張りのおかげだ。彼女は見事、平和への欠片を掴んだのだ!
「ヨエル。途中でアリアの所に寄ってもいい?」
「おねえちゃんのところ? いいよ!」
報告も兼ねてフィノもアリアンネへと労いをしたい。それをヨエルに提案すると彼は快諾してくれた。
「マモンもそれでいい?」
『構わない。だが、アリアンネのことだ。戦争を終結させたが、ツケは大いに払わされたことだろうなあ』
「アリア、そういうの容赦ないからね」
戦争が終わったのも束の間、次には事後処理が控えている。彼女がどんな条件でここまで結びつけたのかはしれないが……皇帝としてすべきことは山積みのはず。
加えて先日、四災を解放したことでの世界の変化についても対応しなければならない。
「フィノ、ぼくね、お願いがあるんだけど」
突然、ヨエルが食事を止めてフィノに頼みがあると言い出した。
何かと思っていると、彼はある物について語り出す。
「あのね……空に浮いてるお城にいってみたい!」
「あそこは難しいかなあ」
「少し見るだけでもいいから!!」
おねがい、と手を合わせてきたヨエルにフィノは唸りをあげた。
彼の言う、『空に浮いている城』というのは、言葉通り。上空に浮遊している建造物のことだ。
ちょうどスタール雨林の真上。機人の四災が囚われていた大穴の場所に突如として出現したそれは隠せるものでもなくすぐに話題になった。
遠目で見てもあの広大なスタール雨林をすっぽりと覆えるほどの大きさはある。おかげであの場所は更に薄暗く、湿った場所になってしまった。
件の浮遊城。フィノは間近で実物を見たことはないが、流れてくる噂話によると見たこともない生物がそれが浮いている地上近辺にいるらしい。
きっとアルマと同じ機人たちが創られたのだろう。それがフィノの知っているアルマと同じ性質のものなのかは不明。もしかしたら完全に違う生物かも知れない。
「遠くから見るだけならいいよ」
「ほんと!? やったあ!!」
あまり危険な場所に近付くのは褒められたことではないが、ヨエル同様フィノも少し気になっている。
機人の四災はアルマに心を獲得しろと言った。それこそが彼が創造した種族、機人の進化に欠かせないのだ。
しかし未だアルマは心の獲得には至っていない。それを知っていて、不完全な状態で自らの被造物を野に放つのは四災の矜持とやらが許すとは思えない。
もしかすると、今話題にあがった浮遊城。フィノが思うよりも危険な場所かも知れない。
ヨエルにはあんなことを言ったが、事情を知っている者として何がどうなっているのか。確かめた方が良さそうだ。
===
――翌日。
急かすヨエルに引き摺られるようにして、フィノは件の浮遊城の傍へと来ていた。
ヘルネの街を出て数時間歩くと、すぐにそれは姿を表す。まるで巨大な暗雲が立ち込めるが如く、スタール雨林の木々よりも高くに巨大な建造物が浮いていた。
「ほんとに浮いてる!!」
『これは……想像以上だなあ』
「んぅ……」
どういう原理で浮遊しているのかはまったくわからない。しかしあれが魔法技術を使ったものではないのは明らかだ。
アルマはマモンと同じく、魔法を使えなかった。おそらく古代から現存している人間とエルフ。彼ら以外の種族には魔法を扱える素養がない。
そう考えると今の状況にも納得がいく。機人の四災の特性を見れば、超常的な技術を持っているのは明白。こんな風に空を漂う城を創るのも他愛ないことなのだろう。
「でもこれじゃあ、スタール雨林は越えられないね」
『流石にあの場所を行くのは辞めたほうが良いだろうなあ。何があるかわからん』
当初、デンベルクへと入る前は戦争終結のことも知らず、関所をさけていた。故にスタール雨林を抜けようとしていたわけだが……こんな有様である。
幸いにして現在ならば関所を通ってアルディアまで行くのは容易だろう。ここは進路を変えて関所を目指そう。
浮遊城を目の当たりにして興奮しているヨエルを余所にフィノがそんなことを考えていると、ふいにヨエルが声を上げた。
「フィノ、あれみて!」
「え? どこ?」
「だから、あれ!!」
ヨエルが指をさした方向を、瞳を眇めて見遣る。
すると浮遊城の下から何かがゆっくりと降りてくる。それは八足の脚を持った奇妙な生き物。まるで蜘蛛のように細く伸びている管を伝って浮遊城の影に入っている地上へと降りてくる。
スタール雨林の外側へと降りてきたそれは、背面に搭載していた石のような大きな石版を下ろすと地面へと埋め込む。
石畳のように何枚も施工すると、それを終えた後……管を伝って上へと帰っていった。それと同時に伸びていた管も引っ込んでしまう。
『あれは……何をしているのだ?』
「んぅ、なんだろ」
「何かつくってるんだよ!」
ヨエルの言う通り、先ほどの生物は何か意思を持っていたように思う。しかしそれに何の意味があるのかはわからない。
あの石版だって用途は不明だし、何をしたいのか。フィノにはさっぱり理解出来ないものだ。
「アルマがいればわかったんだけど……」
『奇妙ではあるが、触らぬ神に祟りなしという。今は放っておくのが賢明だ』
「うん、そうだね」
少なくともあれは、邪魔をしない限りこちらに危害を加える事はしないはず。フィノたち以外にも野次馬はいて、遠目から物珍しさに見学に来ている人影はちらちらと見える。
しかし相手は未知の存在だ。そんなものにおいそれと関わる輩はいないだろう。
何か問題があったのなら対処が必要になるけれど、今はその必要は無い。
そう結論づけたフィノは、ひとまずあれは放っておくことに決めた。
「わかった! あのお城、さっきのクモみたいなやつの住処なんだ!」
閃いたとヨエルは自信満々に告げる。
子供の想像力は豊かで、フィノやマモンには思いつかない事を聞かせてくれる。もちろんそれにだって確証はないが……言うだけならばタダだ。
「きっとあのクモがいっぱいいて、さっきみたいに何かつくってるんだ!」
『ふむ、何かとはなんだ?』
「えっ……ううん、わかんない!」
ヨエルは無邪気に笑う。彼の意見を聞いてフィノも考えてみる。
もしあれが、アルマと同じ機人であるとしたら、あのクモのようなものにも意思があって言葉が通じる可能性もある。
そもそもの話、フィノもマモンも誰も機人について詳しくはないのだ。想像の域を出ない考察だが……アリアンネへの土産話がまた一つ増えてしまった。
「危ないからあそこまではいかないよ」
「わかってるよ!」
「帝国までは関所を越えて行こう。そっちの方が安全」
「はあい」
ヨエルはフィノの決定に素直に頷くと、最後に一度だけ名残惜しそうに浮遊城を眺めた。おおかた、あの場所を探検したいとか考えているに違いない。
ヨエルはどうにも未知の場所や物に惹かれるみたいで、新しい場所に来ると落ち着きがないのはいつものことだ。
少年の様子に、フィノはマモンと一緒になって苦笑するのだった。
本日、番外編を公開致します。
第一部のエピローグ前に更新、たぶん三話くらいになるかと思います。
昼12時ころ。夕方16時ころ。夜20時ころに更新予定!




