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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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瘴気

 

 獣魔から溢れる黒色の液体。それと先ほど体躯を覆っていた(もや)。これのはっきりとした正体についてはユルグもあまり詳しくはない。けれど、どういうものかは覚えがある。


 これの根源は――瘴気だ。


 瘴気については、五年間旅をしてきて何度か話には聞いてきた。

 エルリレオが言うには、こいつは魔物以外の生物にとっては有害であるらしい。有り体に言えば除去が不可能な毒のようなものだ。一度体内に取り込んでしまえば、命尽きるまで身体を蝕んでいく。

 侵食を遅らせる事は出来るが、完全に治す事は不可能であるから関わらないようにと、それは口を酸っぱくして言われたものだ。


 しかし、そうは言っても瘴気というものはそれほど珍しい物でもない。地上であればどこにでもあるものなのだ。有害であるというのは、それの濃度が高い場合の話である。


 例えば――ユルグに噛み付かんとするこの獣魔が良い例だ。


 ユルグの顔面を汚している黒色の液体は、肉体が瘴気に侵されている証である。魔物以外には有害であると言ったが、それも行きすぎれば毒となる。

 魔物は瘴気への耐性が他の生物より高い。ある程度なら取り込んでも問題は無いのだが、この獣魔の場合は明らかに許容量を超えている。


 しかし、魔物にとっては悪い事ばかりでは無い。

 瘴気の濃い場所では、総じて規格外の強さを持つ魔物が潜んでいる。彼らの力の源は瘴気に依るものでもあるのだ。

 この獣魔が纏っていた(もや)も、瘴気によって得られた能力なのだろう。


 これと同じものをユルグも昔、目にしている。

 その魔物も、眼前の獣魔と同様に限界まで瘴気を溜め込んでいたのだろう。体躯の内側から黒色の液体を垂れ流して、体表には身を守るように漆黒の靄を纏っていた。


 あの靄の前ではどんな攻撃も通らない。武器での物理攻撃も、魔法攻撃も。何もかも通用しなかった。


 そう――()()()()には、どう足掻いても勝てなかったのだ。



「だからって、こんな所で死ぬつもりは――ッ、ないんだよ!」


 鬼気迫る勢いで腹の底から声を張り上げた――その直後。

 こつん、と獣魔の頭に何かが当たった。


 視線だけ横にずらして、それの正体を探る。

 どこからか飛んできた物体は、祭壇に奉ってあった漆黒の匣であった。


「――っ、ユルグ!」


 遠くからフィノの呼び声が聞こえてくる。


 ――そうか。あの匣はフィノが投げつけたのか。


 頭の片隅で徒然と考えを巡らせて、獣魔へと視線を戻したその時。明らかな変化に、ユルグは目を見張った。


 先ほどまで獣魔の体躯を覆っていた靄が消えている。


 それを目にした瞬間――ユルグは顎門(あぎと)を抑えていた手を離して、右の前腕を獣魔の口へと押し込んでいた。

 こうすることで、相手の動きに制限を掛けられる。獲物を噛み殺したくとも腕を食いちぎるまでそれは叶わない。相手がもたついている、その一瞬があればユルグには十分すぎるほど。


 案の定、獣魔は突っ込まれた腕に渾身の力を持って牙を突き立ててきた。歯牙はあっさりと肉を突き破って骨まで噛み砕く。

 強烈な痛みに背筋が冷えた。溢れ出た血液が未だ滴っている黒色の液体と混ざって、ユルグの顔へと降ってくる。

 けれど、これで左手は使えるようになった。


「片腕くらいくれてやるよ」


 吐き捨てるように言い放って、自由になった左手で腰に帯刀してあった短刀を引き抜くと、そのまま獣魔の横面へと刃を突き刺した。

 頸を狩ろうとした時とは違い、短刀はすんなりと獣魔の頭蓋を貫通した。絶命した体躯は力なくユルグの身体へと覆い被さる。


 随分と手間取ったが、最期は呆気なかった。

 一先ず、命の危機は去った。それに安堵するのも束の間、地面に放っていた〈ホーリーライト〉の効力が切れそうなことに気づく。


「……っ、重い」


 獣魔は倒したが、シャドウハウンドがまだ残っている。急いで起き上がろうとしたユルグだったが、骸となった魔物の巨体を退けるとなると直ぐとはいかない。こんな状態では襲ってくれと言っているようなものだ。


「ユルグ」


 すぐ傍で声が聞こえた。

 それに視線を向けると、フィノがカンテラを持ってユルグの横にいる。


「ああ、フィノか。良いところに来た」

「だいじょうぶ?」

「これが大丈夫そうに見えるか?」

「んぅ、みえない」


 ユルグの言葉にフィノは小さく首を振る。


 カンテラの出力を最大にしているから、シャドウハウンド共はおいそれと近付いてはこない。けれど、ずっとと言うわけにはいかないはずだ。

 軽口を叩くのもそこそこにして、とにかくこの骸をどうにかしなければ。


「こいつを退かしてくれ」

「わかった」


 フィノの協力もあって身体の上から獣魔の骸を退けることに成功したユルグは、すぐさま傍に落ちていた剣を手に取る。

 右腕は既に使い物にはならない。利き腕ではないが、残りは雑魚だけだ。こいつらに遅れは取らない。


 剣を支えにして立ち上がると、雑嚢から投げナイフを取り出す。その直後――足下に落ちてあった漆黒の匣から、眩い光が四方へと広がっていった。


「なに!?」


 驚きにフィノが声を上げる。それを耳にしながら、ユルグは眩しさに瞳を眇めた。

 閃光が止んだ所で目を開けると、眼前にいたはずのシャドウハウンドが綺麗さっぱり消えていた。

 これにはユルグも驚きを隠せない。


「……何なんだ、これは」


 足下に転がっている匣を拾い上げて呟く。

 思えば、これが獣魔に触れた事であの靄が消えたのだった。だとしたら、この匣は瘴気を抑える力があると見て良いだろう。


「ユルグ、みて」


 不意に声を上げたフィノは、首を上に逸らして天井を見つめていた。

 そこには覆っていた天蓋は無く、清々しい青空が広がっている。どうやら降っていた雨は止んだみたいだ。


「なるほどな」


 あの大穴から競り上がっていたのは瘴気だった。それ自体はどこにでもある。しかし、こうして湧き出てくる場所は少なからず存在するのだ。

 瘴気が濃いと魔物の異常発生や被害が拡大する恐れがある。それを未然に防ぐためにこうした物があるのだろう。


「こいつは元の場所に戻した方が良いな」

「それじゃあ、フィノがおいてくる」


 ――ユルグはやすんでて。


 怪我を気遣ってか。フィノはユルグの手から匣を奪うと祭壇へと向かっていった。

 確かに彼女の言う通り、立っているのも辛い状態だ。


 先に石扉を潜って外に出ると、少ししてフィノが戻ってきた。

 どうやら回収を後回しにしたユルグの装備を集めていたようだ。


「……ユルグ、それ」


 フィノの視線は、腫れ上がった右腕へと注がれている。

 フィノが戻ってくる前に受けた傷には回復魔法の〈リジェネート〉を施しておいた。治癒能力の底上げだ。

 シャドウハウンドに噛まれた傷ならば、塞がるにはそれほど時間は掛からないだろう。しかし重傷の右腕はそうもいかない。骨も折れているし、肉は抉れて皮膚も裂けている。完治するには十日以上は掛かりそうだ。


「休憩のつもりが満身創痍だ」

「ごめんなさい」

「これに懲りたら師匠の言いつけはちゃんと守るように」

「う、んぅ」


 責任を感じているのか。フィノはしょんぼりとした様子で頷いた。

 十分に反省しているのなら、ユルグもこれ以上は言うまい。


「包帯を巻くのを手伝ってくれ」

「うん」


 水で汚れを洗い落として、清潔な包帯で傷の保護。添え木をして、外套を右腕の吊るしにする。

 その他にも噛まれた傷を手当てして、すべて終わった頃には陽が傾き始めていた。


「今日は、これ以上は進めないな。どこか野営場所を探してそこで夜を明かそう」

「ここは?」


 フィノはすぐ後ろに聳える祠を指さした。

 おそらく満身創痍のユルグを心配して、すぐに休める場所を提案したのだろうが。


「冗談じゃない」


 こんな物騒な場所は、二度と御免である。




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