最大の誤算
辿り着いた女神の丘には、何もなかった。拍子抜けするほどにただの丘である。
その中心に、大きな獣……無人の四災がでかい巨体を縮ませて座っている。女神の訪れを今か今かと待っていた。
「連れてきたよ」
四災の面前に立って、フィノは抱えていた瓶を彼に渡す。すると四災はそれをまじまじと見つめて、それからフィノを見た。
「……これはなにかな?」
「会いたがってた女神。こんな形だけど……ちゃんと確認したから本物のはず」
これには無人の四災も驚いていた。
けれどフィノと同じ驚きではない。どちらかというと、アルマのように興味を引くものとしての驚愕だ。
結晶化した瓶を受け取った四災はそれを手のひらに乗せると、じっと見つめる。
「でもあなたのことは知らないって言ってた」
「……彼女がそう言ったのかい?」
「うん。話も通じなかったし、色々忘れてるみたい」
「ふむ、なるほど」
フィノの話を聞いて何かを察した四災は瓶を摘まみ上げると、それを砕く。
中からは液状化した肉塊が零れ出てきた。それはすぐに元の固体に戻るともぞもぞと蠢く。
いつ見てもあれが女神だなんて思えない。きっとここに居る誰しもがそう思っているはずだ。ヨエルなんてあんなにはしゃいでいたのに、女神の正体を知ってからは見るからに気落ちしている。
そんな部外者たちを気にせず、四災は肉塊……もとい女神に話しかけた。
「君、私の前でもまだ演技を続けるつもりかい?」
「――えっ!?」
開口一番、四災の言葉にフィノは叫んだ。開いた口が塞がらないとはこの事だ。
驚き呆然としているフィノたちを置いて、四災の独り言は続いていく。
「もちろんだ。君がこんな無様な状態になるわけがない。流石にこの姿は予見していなかったがね。人間の生身には神と成れるほどの力は不釣り合いか。新たな知見を得た」
ははは、と満足げに四災は笑うと、呆けているフィノたちを見遣って思い出したように呟く。
「ああ、これだと彼女の声は聞こえないか。ならば、こうしよう」
四災は吐き出した瘴気のヘドロで女神を包み込む。しばらくするとまっくろい影のような風貌の人間もどきが、四災の手のひらにうまれる。
「竜人と違って再生能力は持っていないから、不格好になってしまった。だが喋るぶんには問題ないだろう?」
「ええ、ありがとう」
四災の言葉通り、今度は女神の声が皆にも聞こえた。
彼女は眼下のフィノたちをまっくろな顔で見遣ると、先ほどの非礼を詫びてきた。
「さっきは騙してごめんなさい。あなたたちが信用出来るかわからなかったから猫を被っていたの。あの場所にはずっと居たから私が得られる情報なんて限られていたし、今の私は女神と言っても殆ど力がない。襲われても身を守る方法が無いからね。自衛の為よ」
無人の四災の話でも知っていたが、女神は随分とおしゃべりなようだ。さっきまでの大人しさとは天と地ほどの差である。
「でもそれは杞憂だったみたい。彼が地上に出ているってことは、私の計画は成就したのね」
空を見上げ、女神はしみじみと語る。
「まさかこうなるとは思ってもいなかった。彼を解放する前に滅びると思っていたのに……そこが少し残念。本当に、二千年前までは完璧だったんだけど……彼の存在は誤算だった」
女神はマモンを指差して声高に告げた。
『……ログワイドのことか?』
「そう、それよ! 彼がいなければあなたも創られていない。魔法を瘴気の器にしようなんて考えもうまれなかった! 極めつけは勇者とかいう頭の悪い仕組みを作ったこと! これが一番腹が立つったらないわ!」
意外にも女神は勇者に対して否定的だった。
フィノにとってもこれは予想外。勇者の存在には女神だって一枚噛んでいる。それを真っ向から否定する物言いだ。




