からっぽの神座
カンテラに照らされたそれは、光を反射してキラリと輝いた。けれどその全容は見えない。
フィノが先頭に立って、一歩踏み出すと足元でパキンと何かが割れた音がした。
「んぅ、これ……」
足元を照らすと、床には苔のようにびっしりと透明なガラス片のような欠片が散らばっている。鋭利なそれは簡単に踏み砕けるほどに脆い。
ガラス片、というよりも鉱石か何かが結晶化したようにも見える。まるで、教会に置かれている女神の御神体の一部、水晶のようでもある。
びっしりと生えているそれに注意しながら、ゆっくりと歩みを進めて辿り着いた部屋の中央。
正体不明のそれを暴くように、カンテラを前に向ける。
「これって……」
眼前にあるものに、フィノは息を飲んだ。
部屋の中央に備えられた石造りの椅子。そこに座っていたものは、赤茶けた木人形。それが頭を下げて、仰々しくも椅子に座らされている。
人形の表面、至るところに床と同じ結晶が生えているが、それ以外は何の変哲もないただの等身大の人形のようにも見えた。
この状況でなければ、ただの古人形にも思えるほどにくたびれている。
『まさか、これが女神そのものだとでもいうのか?』
驚きにマモンが声を上げる。
しかし、現状それ以外におかしな所はない。この部屋にあるのはそれだけなのだ。
大司祭があんなにも厳重に秘匿する部屋。その中に在るものだ。女神に関係する何かではあるのだろうが……正直言って拍子抜けである。
「あれはただの人形だ。中身は空洞だが、そこに何かがあるわけではない」
目玉の存在しないアルマは、温度の変化で周囲を見ているらしい。
生物であるならば何かしらの変化が在るはず。しかしそれは一切ないとアルマは言う。
「……どういうこと?」
子細を聞きたくとも、女神に詳しいであろう大司祭は既にいない。しかしこの場所に何かしらがあるはずだ。
フィノはカンテラを持ち直すと、空の人形に近付いていった。あんな怪しいもの、調べてくれと言っているようなものだ。
それに指先が触れようとする、その直前――至近距離にあった人形の頭が、ぐわっ――と、あがった。
「うわっ!」
同時に力なく垂れていた両手が持ち上がって、フィノの顔を掴んだ。動きはそれほど素早くはない。けれどいきなりの事で反応が遅れてしまった。
それは目の前にあるフィノの顔を、穴の空いた眼窩で凝視する。じっくりと、穴の空くほどに覗き込んで……それから、聞こえてくる声。
「いつもの彼ではない……誰ですか?」
それは声のようでいて声でない。直接頭の中に響いてくる。
驚きつつも、フィノはそれの問いに答えた。
「あっ、えっと……わたしは……あなたの友人に頼まれて」
「……友人?」
フィノの発した一言で、正体不明のそれは沈黙する。顔に触れていた手はそっと下げられた。
その合間に、背後で備えていたマモンがおずおずとフィノに話しかける。
『フィノ、誰と話している?』
「え? これ、聞こえない?」
『何も』
「同じく」
「きこえないよ」
三人とも同じ答えに、フィノは困惑した。
今の現象は、おそらくこの人形に触れていたからだ。だからあのようにフィノにだけ声が聞こえた。
それに気づいたフィノは、今度は自分から人形の手を取る。
「あなたは」
「――その友人というのは、誰の事ですか?」
「……え?」
女神と思しきそれは、はっきりとフィノに伝える。
そんなものはしらない、と。




