地下の秘密の部屋
アルマと仲直りをして晴れ晴れとした表情をしているヨエルとは対照的に、フィノは僅かな胸のつかえを感じながらも、祠を後にして大聖堂へと向かう。
その道中、少年はまだ見ぬ女神に想いを馳せる。
「女神様ってどんな人かな」
誰にともなく呟いた言葉に、ヨエルは順繰りに反応を見た。
『ううむ……己は一目も見たことはないからなあ』
「私も」
「アルマもだ」
皆の答えは一様にわからない、だった。それにヨエルはつまらないと落胆する。
「つまんない!」
『そういうヨエルはどうなのだ?』
何かあるのか、とマモンが聞くと少年は想像上の女神を語る。
「ええっと、光っててキラキラしてる! あととってもキレイ!」
ヨエルの想像は到底人間の形をしていない。あれでは怪物が関の山である。
『うむ……それはすごいなあ』
「でしょ! あとはね――」
楽しげにおしゃべりを始めたヨエルを眺めながら、フィノも件の女神について考えてみる。
無人の四災の話で聞いた女神の人となりは、普通の人間の少女そのものだった。けれどそれは五千年前の話だ。
そんな長い年月を越えたのならば、性格も人格もねじ曲がっていてもおかしくない。
つまり、昔の少女と今の女神がまったくの同一である保障はどこにもないのだ。こちらに協力的かもどうかもわからない。こればっかりは実際に会ってみなければどうにもならない。
しかし、正直なところ。
今の女神がどんな姿をしているのかは、フィノも興味がある。
「女神かあ……どんななんだろう」
アリアンネもルトナークの国王も、女神は生きているものであると言っていた。無人の四災もそういった発言をしている。
だから少なくとも、女神とは生きていて殺せるものなのだ。
しかし、誰も人間と同じ形をしているとは言っていない。そこが不気味だ。
「アルマはどう思う?」
「女神の詳細な情報はアルマも知らない。しかし、予測は可能だ」
隣を歩いていたアルマに尋ねると、彼はフィノに推察を話し始めた。
「女神は元々人間だったという。そして、そこから神となった」
「うん、そう聞いてる」
「神とは、すなわち超常の存在だ。それを何の代償も支払わずに成れるとは考えにくい」
「……つまり?」
「君たちと同じ形をしている可能性は限りなく低い」
アルマの回答に、フィノも思い当たる節がある。
各地にある教会には、女神の御神体の一部が安置されている。それは水晶のような鉱物。それを見たからヨエルはあんな突拍子もない女神像を語るのだ。
なにはともあれ、これからその女神の元へ向かうのだ。すべてはその時に明らかになるだろう。
===
王都の大聖堂へと辿り着いた一行は、さっそく女神のいる地下に向かった。
しかし、当然というか……女神の御神体は秘匿されている。突然訪れても、フィノには地下の入り口がどこにあるのかわからない。
『仕方ない。嘘も方便と言う。適当に説明して案内させよう』
「うん」
リエルがいればすぐに事が運んだけれど、あいにく今は留守にしているらしい。
大聖堂にいる他の神官に、大司祭に頼まれた、と嘯いて地下の入り口に案内してもらった。
「この先に女神様の御神体がありますよ」
地下への入り口は大司祭の執務室に隠されていた。
書架の下にあった隠し階段を暴いて、それを降りていくと鉄の扉の前に辿り着く。
「んぅ……鍵が三つ必要みたい」
かなりの厳重さにフィノは困り果てる。
鍵なんて持っていない。それを管理しているであろう大司祭も大穴の底にいるし……執務室に置いてくれていれば良いが、なかったらお手上げである。
一度戻って鍵を探そうと踵を返した瞬間、アルマがドアの取っ手を掴んで力を込める。
すると、バキン! と何かが壊れたような音が聞こえたのちドアが静かに開いた。
「開いた」
「あ、ありがとう」
悩むよりも早く問題が解決してしまった。
苦笑して、フィノはカンテラを取り出すと光を灯す。
女神がいるであろう地下室は薄暗かった。
カンテラの光量を最大にして部屋の中を暴くと、一行の面前にあるものが映り込む。
部屋の中央には、石造りの椅子が一脚。そこに何かが座っていた。




