何が正しくて、間違っているか
少し加筆しました。
フィノの次の目的地は、王都の大聖堂。そこの地下にいるとされる女神の元だ。
急いで行きたいところだが……その前に解決しなくてはいけないことがある。
「ヨエル」
「……なに?」
しゃがみ込んで目線を合わせると、ヨエルはそれにバツが悪そうに答えた。フィノがこれから何を言うつもりなのか。わかっているみたいだ。
「アルマのこと、まだ怒ってる?」
「……だって、何回いってもわからないっていうんだ。簡単にころしちゃダメって、そんなに難しいこと?」
「んぅ……そうだなあ」
ヨエルが腹を立てているのは、アルマが男を殺してしまったからだ。確かに危ない目にもあったし、報復を受けても仕方のない事を彼はした。
けれどそれで殺す必要はない、というのがヨエルの意見だ。
でもアルマにはその考えが理解出来ないのだろう。
それでもヨエルは根気強くアルマに説明したらしい。
どうして嫌なのか。どうすれば良かったのか。助けてくれたことは嬉しいけれど、だからといって殺してしまうのはやり過ぎだ。
そういったことを一生懸命に説明したけれど、結局ヨエルにはアルマの抱える疑問を解消することが出来なかった。
アルマには、親しくもない他人が死んで悲しむ気持ちがどうしてもわからない。だから二人の認識に齟齬がうまれる。これをどうにかしようとするのはフィノにだって難しい。
「たぶん、アルマにはまだわからないんだと思う。今までずっと一人で、それを教えてくれる人が誰もいなかったから」
「……うん」
「わからないのは当たり前。間違ったことも沢山しちゃうかもしれない。だから、誰かが間違ってるって教えてあげなくちゃ」
ゆっくりと言い聞かせると、ヨエルは俯いていた顔を上げた。その表情には不機嫌さなど微塵も感じられない。
「ぼく、アルマに謝ってくる!」
決断も早急に、ヨエルは抱いていたマモンをフィノに預けると、アルマの元へと駆けていった。
『保護者の気苦労は絶えんものだなあ』
「うん、お互い様だね」
『ハハハ、その通りだ。だが……成長を感じられるのは良いものだよ』
「そうだね」
しんみりとした様子でマモンは語る。
『フィノはこれが終わったらどうするつもりだ?』
突然の質問に、フィノは驚いてマモンを見る。彼はじっとヨエルを見つめている。無言の態度に、フィノはマモンが何を言いたいのか少しだけわかった。
「……私は」
マモンはヨエルの事を一番に考えている。最初はユルグに頼まれたからだったろう。けれど今は自分の意思でそうしたいと思っているのだ。
その想いを知っているから、フィノは自分がどうしたいか。伝えるのを躊躇してしまう。
それでもマモンにはフィノが何を考えているかなんて筒抜けだったようだ。
『あの子の傍にいることがフィノの重石になっていることは知っている。ずっと罪悪感を抱えていることも』
「……うん」
『だが、それでもあの子が大人になるまで傍に居てやって欲しい。多くは望まない。たったそれだけでいい』
頼む、とマモンは言った。
それを聞いて、フィノの胸中は複雑なものだった。マモンの言いたいことはよく解る。そうしてやりたいとも思う。
けれどそれと同時に、許されないことだという思いもある。
フィノが抱える罪を打ち明けたのなら、ヨエルは許してくれるかもしれない。でも彼はまだ子供で、何が正しくて間違っているのか。分別にも迷うだろう。
そんな状態のヨエルに何もかも押し付けてしまうのは、違うはずだ。
マモンはそんなフィノを思い留まらせるように、自らの想いを伝える。
『計画通りに瘴気がなくなれば、呪詛である己は消えてしまうだろう。そうなれば、きっとヨエルは悲しむ。その時、誰かが傍に居てやらねばならん。大事な者が居なくなる辛さは、お互い身に染みてわかっているはずだろう?』
「うん……そうだね」
マモンの突然の告白に、フィノは驚きつつもどうするべきか。すぐに答えられない。
「すこし、考えさせて……」
ぐるぐると葛藤が渦巻く中、フィノにはそう答えるだけで精一杯だった。




