あの丘の上で
無人の四災のお願いは、どうということはない。女神に会わせて欲しいというものだった。
「構わないけど……」
「もちろん、君の望みである瘴気の件を反故にするつもりはないよ。元々そういう手筈だったんだ。少しだけ順番が前後するだけだ」
「……わかった」
四災の説明を聞いてフィノは彼の願いを聞き入れた。
二人の関係はそれなりに親しいものだ。四災は特別扱いはしていないというが、それでもこれが普通ではないことくらい、フィノにだってわかる。
旧友との久しぶりの再会。それに水を差すべきではない。
「それでは、早速地上へ行こう。こんな場所とはおさらばだ」
瘴気溜まりのこの場所に長居するのも良くない。
未だ口論を繰り返しているヨエルを宥めて、マモンとアルマを引き連れるとフィノは四災の巨体に掴まって大穴の底から脱出した。
「ああ、いいねえ。五千年ぶりの陽の光だ。どれだけこの瞬間を待ちわびたことか。感無量だよ」
突然、大穴を覆っている祠の天蓋から姿を現わした巨大な獣に、この場を任されている兵士たちは驚きすくみ上がる。
その様子を頭上から眺めて、四災は伸びをするように身震いをした。
彼の足元でその光景を見ていたフィノは、ある事に気づいた。
「では、彼女の元に案内してくれ」
「ま、まって!」
「なにかな?」
「……もしかして、その状態で行くつもり?」
「もちろん」
フィノの気づきとは、無人の四災の今の状態。彼の獣の身体はお世辞にも良いとは言えないものだった。
おそらく、彼が大穴の底に行く前と何も変わっていない。
溜め込んだ瘴気のせいで身体は腐り果て、ヘドロに塗れている。洗い流したところでこれは四災の身体の内側から染みだしているものだ。
だから、この状態の彼を連れ回しては二次被害が発生する。ましてや人が多く集まる王都の大聖堂になんか連れてはいけない。
「それじゃ連れて行けない。どうにかできる?」
「私には他の上位者が扱う干渉器を持っていないんだ。創れても不死人くらいだ。あれでは意識の介入も、身体操作も不可能」
残念そうに無人の四災は言う。
思えば他の四災はなにがしかの手足を持っていた。
竜人ならば、再生能力を生かした肉体の複製。森人は植物の生命体、ヴァルグワイを創っていたし、機人に至っては彼の被造物であるアルマが干渉器の役割を担っている。
しかし、それらを無人の四災は持っていないらしい。
「ああ、でも身体を借りるやり方なら可能だ。私の眷属に限りだけどね」
どうにも人間の身体に介入することは出来るらしい。しかし四災はそれにはかなり消極的だった。
「でもこれは元在る個を破壊してしまう。身体を割りいって、中に入ってしまうやり方だからね。当然、元になった人間がまともで戻れるものではない」
だからこの手段は取らないのだ、と四災は言う。実質、人間にとっては死の宣告をされるようなものだ。
無人の四災にとって命とは総じて無価値なものだが、それでも自らの被造物である人間のことはそれなりに目をかけている。
それがなかったら古代の時代に人間たちは滅んでいただろう。
「うん……じゃあ、どうしよう」
この状態の四災を連れ歩く事は出来ない。とはいえ、女神に会わせてやりたい。
どうにか落とし所がないか。熟考しているフィノに、横から助言が聞こえた。
『ならば、女神にご足労願えば良いのではないか?』
いつの間にか黒犬になったマモンは、いつものようにヨエルに抱かれながら意見を述べる。
『女神は生きているというではないか。であれば大聖堂から動かせない事もないはずだ』
「それだ!」
マモンの最適解にフィノも四災も同意する。これならば余計な被害を出さないで目的を叶えられるはずだ。
「これでいい?」
「せっかくだ。こんな殺風景な場所では味気ない。待ち合わせ場所は……あの丘の上。彼女にはそう伝えてくれればわかるはずだ。私は一足先にそこで待っているよ」
どことなく嬉しそうに、それだけを言い残して四災は祠から去って行った。
巨大な嵐が去って行き、周囲には静寂が残る。
ほっと一息つきたいところだけど休んでいる暇はない。
大穴から無人の四災を解放するだけでは瘴気をすべてなくすことは出来ないのだ。いわばこれは準備の段階。それを進めるためには、まずは王都の大聖堂で女神に会う。
ここまで我武者羅に頑張ってきたけれど、まだまだ先は長そうだ。




