表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
47/573

打開策

 

 フィノへと手早く指示を出したユルグは、敵に向かって駆けていった。


 後方でそれを見守っていたフィノは、あることに気づく。この魔物たちは何かがおかしい。その何かを周囲を警戒しながら考え続ける。


 周りを取り囲んでいるシャドウハウンドは、フィノも一度迷いの森で目にしている。けれど、そこで遭遇したものと今目の前にいるものは同一では無いのではなかろうか。

 漠然と感じた違和感に眉を顰めて、フィノは懸命にその正体を探った。


 ユルグが投擲した投げナイフに込められた〈ホーリーライト〉によって、フィノの周りに魔物は寄り付かない。今のところ彼らの敵意はユルグへと向けられている。

 ユルグを囲んでいるシャドウハウンドを、瞳を眇めて凝視して――あることに気づいた。


「――あっ!」


 声を上げて、フィノは目を擦った。見間違いかと思って、もう一度目を凝らす。


 何か黒い(もや)のようなものが、あの魔物たちから発せられている。それに眉を寄せる。あれは内側から発せられているというよりも、外から纏わり付いているようにフィノには見えた。


 辺りは仄暗い。かなり注意して見なければ気づかなかっただろう。戦闘中のユルグにはそれを気に掛ける暇も無い。

 しかし、この事実に気づいたからと言って、これが何を示すのか。フィノには分かりかねた。少なくとも迷いの森にいたシャドウハウンドとは、何かしらの違いがある。


 あの時と違っている事と言えば、言わずもがな場所である。

 この場所――祠の内部にあるものと言えば、あの大穴とそれの上に安置されている漆黒の匣。


 ユルグも言っていたが、あれの用途は不明で何の為に在るのかも分からない。けれど、今の状況に無関係とは言い切れなかった。


 あのデカい魔物は、大穴から這い出してきた。いきなり現れたハウンドもきっと同じだろう。それを踏まえて、今度は大穴に目を向けてみる。


 明らかな違和感に、フィノは目を見開いた。


「もやもやしてる……」


 大穴の淵からは、黒色(こくじき)の煙のようなものが漏れていた。重量が在るのか、それは空中を漂うこと無く地面を這うようにして立ち込めている。


「……なんだろう」


 何かが在ることは分かった。しかし、それが何かは分からない。

 しかし、少なくともあれが魔物たちに何かしらの影響を与えていることは確かだ。


 それを悟ったところで、フィノを守っていた光が徐々に弱くなっていることに気づく。

 〈ホーリーライト〉の効力が切れれば、ハウンドたちはこちらに押し寄せるだろう。そうなればユルグはフィノを気に掛けなくてはならなくなる。状況的には今まで以上に不利を強いられてしまう。それはなんとしてでも防がなければ。


 光源が消える前に、フィノは傍に置いていた背嚢からカンテラを取り出した。

 この魔鉱石が内蔵されているカンテラには、光の魔法が込められている。側面に付いているつまみを回せば誰でも使える優れものだ。ユルグが度々魔力を補充しているから、出力を最大にしてもしばらくは持つはず。


 投げナイフの魔力が切れる前にカンテラを灯すと、フィノは石扉から背を離して駆けだしていた。

 どうしても確かめたい事があったのだ。



 フィノが目指している場所は、大穴の上にある祭壇。そこに奉られている漆黒の匣の元だ。


 ユルグはあれには触れるなと言った。しかし、今の状況を打開するヒントがあれにあるような気がしたのだ。

 確証は無い。一か八かの賭けである。


 走り出したフィノを追いかけるように、二体のハウンドが黒い影となってすぐ傍を駆けてきた。

 カンテラがあるからすぐには襲いかかってはこない。様子見のように付かず離れずの距離を保っている。


 右手に握りしめていたナイフを構え直して、フィノはハウンドを見る。先ほどは遠目での確認だったが、やはり何か靄のようなものを纏っている。


 ナイフを振るって牽制しながら、フィノは足を止めることなく走り続けた。数メートルの距離だがやけに長く感じる。

 やがて祭壇の下――大穴の淵まで辿り着いた。


 大穴の周りには先ほど目にした、黒色の煙のような物が足下に立ち込めていた。淀んだそれは粘性を持って脚に纏わり付いてくる。


「――っ、つめた!」


 まるで氷の冷気を当てられているかのような冷たさにフィノは一瞬たじろいだ。しかし、ここまで来て引き返す訳にはいかない。


 先ほどまでフィノを追ってきていたハウンドたちは、これ以上近付いてこようとはしない。どうやらこの祭壇には近づけないようだ。祭壇というよりもそこに奉ってある匣を警戒しているのだろうか。


 唸り声を上げて後退していく様子を尻目に、再度、目の前の状況を確認する。

 淀みは大穴から溢れて上へと向かっている。目を凝らすと祭壇まで繋がるアーチを伝って、ドロドロとした流体が匣の元まで流れているようだった。


 カンテラを腰にくくりつけて、ナイフは鞘にしまう。両手を空けると、フィノはアーチ状になっている足場を我武者羅に登っていく。


 手足に纏わり付く淀みを払いながら、辿り着いた祭壇の頂上。そこには片手でなんとか掴めるくらいの漆黒の匣が安置されていた。

 上に流れていた淀みは、どうやらこの匣に吸い寄せられているようだった。


 けれどこれが何の意味を持ってここに置かれているのかはフィノには分からない。分からないが――今のこの状況を作り出した元凶はこの淀みのような気がする。それを吸収しているであろう匣があればなんとか出来る。そんな気がした。



 フィノが匣を手に取った瞬間――魔物の雄叫びが響いた。


 背筋が竦みそうになるそれに肩を振わせて眼下を見遣ると、丁度魔物がユルグへと巨体を怒らせながら迫っている所だった。

 ユルグはその猛攻を躱しつつ、隙を突いて魔法の光源で相手の動きを止める。先ほどまで荒々しく強襲していた魔物は、気づけば地面に背をつけて倒れ伏していた。


 あっという間の出来事に、フィノは息を呑んで固まっていた。


 ユルグはフィノが心配せずとも強いのだ。

 思い返せば、彼の苦戦の原因はフィノを庇っての事である。守るものが無ければこんな魔物に遅れを取ることは無いのだろう。


 その事実に少しの傷心を感じながら再度目を向けると――なぜかユルグが倒れていた。組み敷いた身体の上には、魔物が勝ち誇ったように笑みを浮かべて見下ろしている。


 先ほどまで優勢だったはずなのに、なぜこうなったのか。フィノには分からなかった。しかし、このままでは大きく顎門を開いた魔物にユルグが食い殺されてしまう。


 ――なんとかしなくちゃ。


 逡巡する暇も無く無意識の行動で、フィノは手に持っていた匣を魔物目掛けて投げつけていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ