怪物の存在証明
二千年前の昔話を語り終えた四災は、ふとマモンへと視線を送る。
「ああ、そうか。君はあの時の呪詛か。道理で私が知らないわけだ」
納得がいったように頷く四災とは対照的に、マモンの心境は複雑だった。
たったいま無人の四災から聞いたログワイドの人となりは、彼の知っているものとは大いにかけ離れている。
ログワイドが呪詛を使って自らの寿命と引き換えにマモンを創り出したのが、四災と交渉した直後だとしよう。
けれどマモンが自我に目覚めたのは、生みの親であるログワイドが残り少ない寿命を消費してあと幾ばくかの時だった。
エルフの外見は傍目では判別がつかない。消費した彼の寿命が人間の寿命とトントンだったとして、それでもエルフにとって五十年などまだまだ若い部類に入る。
きっと四災と相見えた当時と、マモンが知っているログワイドの容姿はそれほど変わりなかったはずだ。しかし、その考え方はまったくといって良いほどに違う。
若かりし頃のログワイドの言動は、マモンを驚愕させるには充分なものだった。
『そうか……そうだったのか』
しかし、四災の話を聞き終えた今。どうしてログワイドがマモンへとあんな言葉を遺したのか。やっと理解出来た。
彼が石版に残した想い。あれはやはりログワイドの本心だった。彼は心の底からマモンを創ったことを後悔していたのだ。
今のマモンならば、ログワイドの心境の変化をわかってやれる。
四災と邂逅を果たした時のログワイドは、きっとこの世のすべてに絶望していたのだろう。それこそ、自分の命さえもどうでもいいと思っていたはずだ。だから自らの寿命を削ってマモンを創った。
彼の人生が劇的に変わったのはその後のことだ。
無意味で無価値と決めつけていたログワイドの人生に、守るものが出来た。それは愛して止まない妻でもあり、愛しい我が子でもあり……心の底から愛していた者たち。
それらのおかげで、ログワイドは変わってしまった。おそらく、彼が寿命を終える晩年。あれだけ憎んでいた女神のことすら、彼はどうでもいいと思っていたのだろう。
その証拠に、ログワイドはマモンにすべてを打ち明けなかった。マモンを創った本当の目的も、その動機も。なにもかも秘密にして、あの石版に後悔を記したのだ。
すべてを知ったマモンだったが、以外にもその心中は穏やかだった。
昔の彼ならば自らの存在意義に悩み、苦心していただろう。けれど今の彼には、かつての創造主と同じく守るべきものがある。たったそれだけで心が満たされていくのを感じた。
「……マモン、だいじょうぶ?」
『ヨエル……』
マモンの様子を心配して、傍らの少年は彼に声を掛ける。
それを見遣って、マモンは胸に秘めていた想いを彼に伝えた。
『ありがとう。ヨエルのおかげだ』
「え、なに? なにが?」
突然の感謝に、ヨエルは何が何だかわからない。右往左往していると唐突にマモンは黒犬から鎧姿に変化すると、ヨエルを抱き上げて肩車をする。
「ええっ……マモン、どうしたの?」
『ああ、少し嬉しくなっただけだ』
「ふうん、へんなの!」
マモンの行動に驚いていたヨエルだったが、彼がご機嫌なことはすぐに知れた。ならば彼の気の済むまでさせてあげよう。
こんな状況ではしゃいでいる二人を目端に見ながら、フィノはじっと思案していた顔を上げる。
無人の四災からすべてを聞き終えたやっと答えが出た。
「これですべて?」
「ああ、そうだ。隠し事は何もないよ」
「わかった。あなたのこと、ここから出すことにする」
「それは嬉しいね」
無人の四災については何も問題はないとフィノは判断した。
彼には誰かを害そうなどという悪意は感じられない。人間にたいしてもそうだ。彼はよかれと思ってこれまでのことをやっている。
押し付けの善意ほどタチの悪いものはない。しかし善意は善意だ。それに助言をしてやれる者がついているならば良い方向にだって持っていける。
問題は女神のほう。無人の四災を解放しても彼女をどうにかしなければ。
「でもその前に確認したいことがある」
「なにかな?」
「あなたは地上に出たら何をするつもり?」
機人の四災が言っていた。
目的も手段も問題はない。しかしその後のことはどうするのだ、と。つまり地上に上位者を解き放った後、どのようにそれを制御するかという課題がある。
「地上に出た後は……そうだな、人間次第だ」
「それって、昔と同じことをするってこと?」
「そうなるね。でも……それをしてしまうと彼女が何か言い出すかもしれない。一応、地上に戻った後の事をどうするかは予め言われているんだ」
曰く――女神は、世界を元ある姿に戻すべきだ、と言った。




