二千年前 6
シサイの話を聞き終えて、女神の正体を知ったログワイドの心境は複雑だった。
少女だった頃の彼女の境遇は自分と良く似ている。
他者に虐げられ、心も身体も嬲られて、良いように使われて棄てられる。王の身内とかたや奴隷、身分は違えど両者の感じていた孤独は同じだったろう。
ログワイドは少女に同情していた。けれどその心情は、只の人間だった少女に抱くものだ。
彼女は今や女神に成ってしまった。そこには同情も何もない。ログワイドは女神が嫌いで、それの前身が何であれ、それとこれとは別である。
きっぱりと割り切ったログワイドは、それをふまえてシサイの問いに答える。
「女神……いや、その女が何を想っていたか知りたいって言ったな?」
「そうだね。答えがわかったのなら教えて欲しい」
「俺は本人じゃない。だから正解は言えないが……予想は出来る」
シサイから聞いた少女の言動から、見えてくるものがある。
孤独な少女がシサイと過ごして感じたもの……はじめは愛情の類いだと思った。初めて対等に接してくれた相手。それを特別だと思うのは当然のことで、それが親愛に変化していくのは自然の成り行きだ。
けれど少女のそれは少し違っていた。
彼女は確かに愛して欲しいとシサイに望んだが、それが叶わない事も知っていた。そしてそれを求めるのではなくあっさりと切り捨てて、潔く生命の終わりを受け入れた。
はたしてここに、相手への愛情が籠もっているか。……その可能性は限りなく低い。
普通なら、愛している者とずっと一緒にいたいと思うのが当たり前だ。その為に永遠を望んだって不思議はない。
けれど少女の望みはそこにはなかった。行動が矛盾している。しかし自らの心を偽っているとは、ログワイドには思えなかった。
「そいつは、自分の居場所が欲しかったんじゃないか?」
「……居場所?」
「自由を奪われてどこにも行けない。それなのに存在するだけで忌み嫌われる。誰かに必要とされることも、愛されることだってない。そんな奴らには居場所なんて無いんだ」
少女はシサイと暮らし始めてから、笑顔を絶やすことはなかった。きっと心の底から笑えていたのだろう。決して恵まれた環境ではなかったが……それでも彼女には充分すぎる程だった。
それを不幸だと他人はいうかもしれない。実際にそうだとログワイドも思う。悲惨な境遇を当たり前のように享受出来るのはどこか歪んでいる証拠。
それでも少女には笑顔を見せられるほどに、しあわせなひとときだった。
「だから、まあ……お前の事は気の合う友人くらいには思っていたんじゃないか?」
「友人かあ……ハハハッ、面白い事を言うね」
ログワイドの答えを聞いて、シサイはそれを笑い飛ばした。
彼にはやはり人の心の本質は理解出来ないのだろう。きっと何を言っても彼の芯には響かない。
少女と共に過ごしたはずのシサイが、その心の機微がわからないと言うのだ。ここでログワイドが何を言っても何かが変わるでもない。
無駄話もそこそこに、ごほん――と咳払いをすると、ログワイドは本題に入った。
「おおよそはわかった。女神が何をしたいかも、お前がどうしたいかも」
「それは良かった」
「女神様とやらの考えは充分に理解出来る。俺も同じ立場ならそうしていたよ。あいつらは生かしていても意味がない」
断言するとシサイはそれになぜだと問う。
「どうしてそう思う?」
「どうしたもこうしたも、まるで変わってないからだよ。お前が地上に居たときと、何も変わっちゃいない。改心するとかどうとか以前の問題だ。このまま行けば女神の思惑通り、滅んでいくと俺は思うね」
「へえ、それは大変だ」
ログワイドの意見を聞いてもシサイは顔色一つ変えなかった。彼にとっては人間たちの存亡さえも他人事なのだ。
「薄情なもんだな」
「こうなることは彼女から予めいわれていたことだ。仕方ないと思って割り切ることにしている」
「ふうん……面白くないな」
不満げに呟いてログワイドは捲し立てる。
「俺は別にあいつらが死のうが生きようがどうだっていい。寧ろ根絶やしになって欲しいくらいだ。でも、それが女神の計略の内だっていうなら、話は変わってくる。正直言って、気分は良くない」
ログワイドがここまで女神を嫌うのは、これまでの境遇が関係している。
女神が自らの目的の為に盲信させているならば、狂信的とも言える女神信者たちの行いもぜんぶがあの女神のせいだ。ゆえに元凶を恨むのは当然の心理といえよう。
例えそれが人間たちを根絶やしにするための根回しであるとしても。ログワイドがそれに共感を示していても。
嫌いな奴の手を取って一緒に頑張りましょう、なんてことは絶対にない。
今のログワイドの心境を表すなら、一言――
「苛つくんだよ。お前も、あの女も」
向けられた憎悪に、シサイはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。




