怪物の選択
国王と共に連行されたリユイは即日処刑となった。
民衆の面前、身に覚えのない罪を着せられて殺される。憎悪が渦巻く処刑場には、怒号を発する国民で溢れかえっていた。
しかし断頭台の刃が落とされる寸前で、それを止める者が現われた。
現われたまっくろな獣は、王都の城下町を足取り軽やかに進んで行く。足元にいる人間を踏みつぶし、道を塞ぐ家屋をなぎ倒し、誰の制止も意味を成さない。
突如として混乱の坩堝に陥った処刑場。
その中心で呆然と事の成り行きを見ていた少女にその獣は徒然とある事を話し出した。
「な、なんでここに……」
「勘違いしないで欲しい。君を助けに来たわけではないよ」
眼下で煩く喚く人間たちを踏みつけながら、シサイはリユイへと語りかける。
「君がいなくなってから少し困った事になってね」
「……困った事?」
「干渉しないと言ったが、やはり君たちのことは気がかりだ。そこで私の目的を達する為の協力者が欲しい」
シサイが言うには、彼はこれから大穴の底に向かうらしい。そこで時が過ぎるのを待つ。それが彼の出した解決策だった。
しかしこれには様々な問題点があるという。
「いくら私が干渉しないと言ってもそちらから手を出されては敵わない。これには双方の取り決めが必要だと私は考えた」
「……そうね」
「両者の間を取り持つ調停者が必要不可欠だ。しかし、誰でもいいわけではない。私の意思を尊重してくれる者が適任だ」
シサイはおもむろに周囲を見回す。阿鼻叫喚の地獄絵図になった処刑場には沢山の人間たちがいた。
腰を抜かす兵士、断頭台に首を差し出す国王……罪人に石を投げつけようと手に持った男、足元で身動きも取らない老人。
それらを一通り見遣って、彼はこれ見よがしに溜息を吐く。
「彼らでは駄目だ」
「私もそう思う」
「私は、君が適任だと考えた」
――どうだろう。
悪びれもなく、シサイは少女に尋ねる。それを聞いて、リユイは笑い出しそうになった。
「あなた、私がどんな立場にあるか理解していないの?」
「というと?」
「確かに私はあなたの目的に意見しない。尊重もする。けれど、私個人がそう思ったところで、皆がそれに従ってくれなくちゃ意味がない。当然私にはそんな影響力はまったくない。こんなところで糾弾されて殺されそうになっているんだから」
「なるほど。そこは考慮していなかった」
シサイは殺伐とした状況で呑気に返答する。
彼らの会話中に、集まりだした兵士たちは一斉に周りを取り囲み、今にも襲いかかろうとしていた。
「ああ……それなら、君が変わればいい」
「え?」
「彼らを導ける存在に成ればいい。そうだな……神様なんて、其れ相応じゃないかな?」
いやらしく笑うシサイに、リユイはありったけの拒絶を見せた。
「そ、それは絶対にイヤ! そんなのに成るくらいなら、ここで死んだ方が――」
「私を焚き付けたのは君で、言い出しっぺも君だ。それが最後の結末を見届ける前に消えてしまっては意味がない」
リユイの拒絶はお構いなし。
シサイは一方的にそう告げると、ギロチンの刃を鷲掴んで放り投げ、少女を断頭台から解放する。
そして、未だ困惑する彼女をつまみ上げるとぱっくりと開いた口で飲み込んでしまった。
そのまま処刑場から去ろうとするシサイの耳にか細い声が届く。
「たっ……たのむ、助けてくれ! 私に出来る事ならなんでもっ、なんでもする! こんな所で死にたくない! まだしにたくないっ!!」
涙を流しながら懇願する国王を、シサイは冷ややかな眼差しで見つめる。そこには憐れみも、侮蔑も同情も何もない。
新たな目的が出来たシサイにとって、彼ら有象無象の戯言など蟲の羽音と同じ。これより先、人間たちには干渉しないと決めたのだ。故にシサイの答えは彼らにとって無慈悲なものだった。
「なんでもするというなら、潔く死んでくれないか?」
「な、は……?」
「私の望みはたったそれだけなのに、君たちはいつも言う。死にたくない、生きていたい……それでは駄目だと言っているのに、いつまで経っても解ろうともしない。本当に、嘆かわしいことだよ」
「――、まっ」
それ以上の言葉を聞く前に、シサイは断頭台の刃を落とした。
処刑場の喧騒の中、国王だった男の頭がゴトリと鈍い音を立てて落ちる。それに目もくれず、シサイは彼の居場所である丘へと戻っていった。




