少女の選択
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「随分と手を焼かせてくれた」
次いでシサイの目の前に現われたのは、このクーデターを指揮しているであろう男だった。
彼はシサイを初めて見て驚いていたが、その存在にはあえて深くは突っ込まなかった。それよりも優先すべき事柄があるみたいだ。
「ぐぅ、お前らこんな事をして……只で済むと思うなよ」
「あなたは玉座から追われた只の男だ。そんな奴の言うことを真に受ける人間はここには居ない」
王の戯言を一蹴して、男はリユイに目を向けた。
「此度のクーデターで、王族の処刑が決まった。あなたもその対象だ」
「……え?」
「抵抗すればこの男のように痛い目を見ることになる」
突然の事にリユイは一瞬言葉を失う。けれどすぐに男の発言は理に適ったものだと気づいた。
クーデターとは軍事力をもって無理矢理に玉座を取ったということ。そこに座るような人間がいては困るのだ。リユイが生きていては反対勢力を増長させることにも繋がる。
王族処刑がまるっとすべてを収めるにはちょうど良い。
「は、はははっ……いい気味だ! 私を侮辱するからこうなる! お前が生きていける場所などどこにも――ぐっ」
「どうする?」
王の顔面を踏みつけて男はリユイに決断を迫る。
彼の背後では射手がこちらに睨みを利かせている。拒否した瞬間には矢に射貫かれているだろう。
「わかった……あなたに従います」
少女が選んだ運命は、謂われのない罪で処刑されることだった。
しかし、それに異を唱える者が現われる。
それは国王でも、指揮官の男でもない。この状況を静観していたシサイだった。
「それは困る」
「え?」
「私は君の望みを叶えられていない。誰かに愛される前に君が死んでしまっては契約不履行だ」
「別にいいのに。どうせ叶えられないってわかっていたことだし、期待してない」
この問題については以前、シサイと話し合った以上の進展はない。
彼は神に成れば解決するといったが、リユイはそれを拒絶した。だから彼女の望みは叶えられない。それはシサイも理解しているはずだ。
「では、望みを変えてはどうかな?」
「そんなこと、できるの?」
「もちろんだ。私はまだ君の望みを叶えられていない。それを出来ないからと匙を投げては、君たちはふざけるなと怒り出すからね」
いきなりの事に驚いている一同を置いて、シサイは続ける。
「もちろん、君の死の運命を変えることだって出来る。彼らを消してしまえば解決だ」
ニヤリと口元を歪めて言った一言に、眼下に居た人間たちはざわめき立った。少女の一言でどうにでもなる状況なのだ。彼女がシサイに死にたくないと願えば、彼らは皆殺しにされるだろう。
「私は……」
答えを出す、その直前。
焦った男は、控えていた射手に指示を出す。
「――仕方ない。アレはここで殺してしまえ。見せしめはこの男だけで充分だ」
直後、放たれた矢が少女目掛けて飛んでいく。しかしそれが彼女の身体を射貫く事はなかった。
攻撃を察知したシサイがリユイを頭上から自らの懐に移し、匿ったのだ。
「わっ!」
「問答無用で攻撃してくるなんて、酷いね」
シサイの巨体の陰に隠れて、雨の矢は降ってこない。そのおかげで無事にいられるが、代わりにシサイが敵の攻撃を肩代わりしている状況だ。
上位者であるからどれだけ攻撃されても死ぬ事はないが……身体は傷つくし血は流れる。それを黙って見ていられるリユイではなかった。
「だっ、だして! ここから出しなさい!」
「そんなことをしては君が死んでしまう。それだと私が困るんだ。せめてどうするか、それを決めてからにして欲しい」
匿われているリユイには外がどうなっているのかはわからない。それでも漏れ聞こえてくる喧騒が良い事態に動いていないのは明らかだ。
彼らはシサイの事を神ではなく自分たちの都合の良い道具だと思っている。そんな相手に手加減などしないだろう。
いくら神様だからといっても自分のせいで傷つくのは耐えられない。ここに来てから楽しく過ごせていたのは彼のおかげでもあるのだ。その恩を仇で返す事があってはダメだ!
「わかった……わかったから!」
「それで、君はどうするつもりだい?」
「……私は、もういい。何も望まない」
彼女が涙ながらに下した決断に、シサイは驚いた。
「何も望まない?」
「あれはなかったことにして」
「……どうしてだ?」
シサイには少女の心がわからなかった。
死にたがっているようには見えない。シサイに望めばこの状況を打破し生きられるというのに、その唯一の手段を手放したのだ。
これはシサイが望んだ人間の姿である。生に執着せず潔く死を受け入れる。そうなって欲しいとシサイは望んでいた。
けれど、何がどうなってこの結果に至ったのか。それが彼には理解出来なかった。
「ここで彼らを消してしまったら、あの国王を生かすことになっちゃう。それだけは絶対にダメ」
「だったらここに居る部外者をすべて消してしまえばいい。彼も殺してしまえばすべて解決だ」
シサイの提案にリユイはかぶりを振る。
「いいのよ、これで。この先生きていても、私の存在は邪魔になるだけだもの。根本的な問題。生きることを、誰にも望まれていないの。あいつらにも、あなたにもね」
少しだけ悲しげな顔をして彼女は言う。
リユイはシサイの目的を知っている。彼は人間の死に対して特別な感情を抱かない。どこの誰が死んでも、彼にとってそれは些細なことだ。
そしてそれは、この少女に限っても同じこと。
「……そうだね。君の言う通りだ」
「それよりも、自分の事より私はあなたの事が心配。ずっとここにいて、あいつらの良いように使われて……延々とそれを続けるつもり?」
「それを望まれる限りは」
「そう。でもそれだとあなたの目的は一生叶えられない。どうあってもね」
「どうしてだい?」
「あなたの存在は人間たちの当たり前になっているの。そこにありがたみも何もない。神様なら普通は敬われるものでしょう? でもあいつらはそんなことはしないで、都合の良い時だけ頼ってくる。それじゃあいつまで経っても同じことの繰り返し」
――それではダメだ、と彼女は言う。
「ふむ……ではどうしたら良いと君は考える?」
「そうね、一度放ってみたらいいんじゃない? 一切干渉しないの。そうすれば、あなたがいかにすごい存在か、あいつら身に染みてわかると思う!」
リユイ曰く――失ってから気づくものもある、らしい。
彼女の意見は今までのシサイの行いと正反対のものだった。しかし何の打開策も無いのも事実。どうするべきかはシサイも解りかねていたのだ。
そこに人間の本質を理解している者からの助言。一考の余地はあると彼は考える。
「あなたは過保護すぎるのよ。そんなんじゃいつまで経っても子供は親離れ出来ないじゃない」
「一理あるね。わかった。そうさせてもらうよ」
シサイの答えを聞いて、リユイは満足げに笑った。これから死ににいく人間にしては実に清々しい笑顔だ。
「それじゃあ、さようなら。あなたとの毎日、とっても楽しかった!」
それだけを言い残して、少女は自ら断頭台に頭を差し出したのだった。