王都は燃えているか?
その時は唐突に訪れた。
初めは陰る夕日の色だと思っていた。しかしあまりにも煌々と輝くものだから、すぐにリユイはその異変に気づいた。
「……燃えてる?」
瞳を眇めて、窓の外を見遣ると炎の赤色が目についた。それはこの場所から遙か遠くにある王都が燃えている事を示している。
「やっぱりそうだ」
すぐに外に出て確認すると、確かに王都が燃えている。突然の事態に困惑していると、背後からシサイがいつもの調子で声を掛けてきた。
「どうしたんだい?」
「うん。よくわからないんだけど、王都が燃えてるのよ」
「へえ、それは大変だ」
「きっと何かあったのね」
彼女らがここまで他人事なのは、自分たちには関係のない事象だからだ。シサイにはもちろんのこと、リユイにとっても。
彼女は王の身内ではあるが、そこに特別な感情を持ってはいない。シサイの元に連れてこられた時点で関わりを絶っている。
だから彼らが破滅しようが自滅しようが、どうだって良いのだ。
「彼らに何かあったのなら、君は隠れていた方が良いだろうね」
「どうして?」
「きっと私の元に押し寄せてくるだろう。そうなると君にとっては不都合だ」
シサイの忠告の直後、それを見計らったかのように遠くから馬の駆け音が聞こえてきた。
突然の事にリユイはすぐさまシサイの毛むくじゃらの腕の陰に隠れる。
もし王都に何らかの事態が起こって、そのせいでここに駆け込んでくる人間がいるとしたらあの国王しかいない。
リユイは彼と対面はしたくないし、する必要も無い。ここはシサイに任せて自分は陰で事の成り行きを見守ろうと考えた。
「――ッ、シサイ様!」
二人の目の前に現われたのは予想した通り、国王その人だった。
けれどその姿があまりにも普段とかけ離れていることにリユイは驚く。いつも身綺麗な格好をしている国王は、着ている衣服はボロボロで薄汚れていて、見るに堪えない有様だった。
「おや、君はこの前の……」
国王は乗ってきた馬を投げ捨てて、シサイの面前へと躍り出た。その様子は酷く焦っていて、普段の彼とは大違いである。
「たっ、助けてくれ!」
「助ける? いったい何から君を助けるというんだ?」
「クーデターが起きた! 軍が王家に反旗を翻したんだ! 反逆だ! そいつらを一人残らず殺せ!」
シサイの陰で事情を聞いたリユイはなるほどと思った。
彼はお世辞にも良い王とは言えなかった。傲慢で、他人の心がわからない。だからいずれこうなるだろうとリユイは思っていた。
だからといって憐れみさえも感じない。この男には似合いの末路だ。
「いいよ。けれど君の願いはすぐには叶えられない」
「なぜだ!?」
「なぜって、物事には順序があるだろう? それを破ると君たちは決まって文句を言うんだ。だからしっかり守らないとね」
「な、は?」
国王はわけがわからないとでも言うように絶句している。
それを眼下に見据えて、シサイは自分の腕の陰に隠れていたリユイを持ち上げると頭の上に置いた。
「彼女の望みが先約だ。君のはそれが解決したら叶えてあげるよ」
「は……お、おまえ……どういうことだ!!」
リユイの存在に気づいた国王は指を差して憤慨する。
大方、こういった展開は想像していなかったのだろう。自分で喋れないように喉を焼いてここに放り込んだのだ。無様に驚くのだって当然のこと。
それでもリユイは国王の詰問に黙ったままだった。代わりに彼の問いにシサイが答える。
「彼女の望みは、死ぬまでに愛されたい。一度願われたのなら、私はそれをどんなことをしても叶えるつもりだ」
「そ、そんな下らないことで……私の命を脅かすというのか!?」
シサイの話を聞いて、国王はリユイを睨み付けた。高圧的な態度を取る彼に、リユイは堪えきれなくなって沈黙をやめる。
「すべてあなたの自業自得じゃない。それを私のせいにしないで」
「なっ、なにを!」
「私の望みが下らないっていうなら、あなたも同じ。最期くらい潔く死んだら良いのに。死にたくない、生きていたいって……とっても無様だと思わない?」
頭上から嘲笑を向けると、王は顔を真っ赤にして憤慨した。
「ふざけるな! 端女の分際で私を愚弄するか! 今すぐそこから降りてこい!!」
「いやよ。冗談じゃない」
醜い口論を続ける二人をシサイは黙って傍観していた。彼にとっては人間たちのいざこざなど、どうでも良いのだ。
しかし、永遠に続くと思われた不毛な言い争いにも終わりがくる。
不意に遠くから聞こえてきた馬の駆け音に、国王は声を止めて恐る恐る背後を振り向いた。
遠目から見えるのは、こちらに近付いてくる軍馬だ。どうやら逃げ出した王を追ってここまで来たらしい。
「シサイ! なんでもいい、早く助けろ!」
「だから、先ほども言っただろう? 先約があるから君の望みは」
「――ッ、黙れ! 使えん奴めが!」
交渉を一方的に切った王は、掴まるまいと逃走を図る。
けれどそれよりも一瞬早く、放たれた弓矢が彼の身体を射貫いた。




