愛すると愛される
音も無く下がったシサイは、それからたくさん熟考して一つの答えを見出した。
リユイは愛されたいと言った。
けれどシサイには人の心がわからない。彼女の言う愛情など、露ほども理解出来ないのだ。その時点で、少女の願いを叶えることは出来ない。
しかし、リユイはそこに対象を指定しなかった。
彼女は愛されたいと言った。だがそれをシサイに求めているわけではない。その事に気づいたシサイは、ある事を閃いた。
これならば、彼女の願いを叶えてやれるかもしれない!
「不可能ではないよ」
「……えっ?」
突然のことにリユイは目を円くした。ちょうど彼女はシサイの身体を甲斐甲斐しく清めている最中だった。
無駄な事をしている少女を眼下に見下ろして、シサイは続ける。
「君が望んだ、愛されたいという願い。不可能ではない」
「その話、まだ続いてたの? ……無理よ。愛するのと愛されるのは違う。圧倒的に後者の方が難しいんだから。それにあなたには」
「――私でなくても良いのなら、方法はある」
シサイの一言に、リユイは手を止めた。
「あなたじゃない?」
「君の望みを叶えるために手を貸すが、それは手段に過ぎない。だが最終的に目的は達成されることにはなる……それではダメかな?」
「何を言いたいのか、わからない」
「私は君を愛せない。けれど、他の存在に君を愛してもらえるようにはしてやれる」
予想外のシサイの発言に、リユイは真っ先に否定する。
「そっ、それこそ不可能よ! 絶対に無理!」
「不可能ではないね。無理でもない」
二人の意見は平行線だった。
先に折れたリユイは、半信半疑でその手段をシサイに問う。
「いちおう、話だけは聞いてあげる。たぶん聞いた後に鼻で笑うけどね」
「それはよかった」
満足げに頷いて、シサイは背を丸めて屈み込んだ。
少女に顔を近づけると、ニヤリと口元を歪める。
「君が、私と近しい存在になればいい」
――どうかな。
尋ねても、リユイはすぐに言葉を返さなかった。一瞬固まったのち、驚いたような呆れたような表情を見せる。
「どうしてそうなるのよ」
「これが一番だと考えた。君が対象を選ばないのなら、それは不特定多数でも良い。みなに愛される存在になれば可能だ」
「それで私に神様になれって? あなたすごいけど馬鹿よ」
リユイは鼻で笑って、容赦のない物言いを続ける。
「それにあなた、自分の立場をわかってる?」
「立場?」
「あなたはその神様。だけど人間たちに愛されてるわけじゃない。こんな場所に閉じ込められているんですもの。むしろ嫌われてる。この事実があるなら、神様なら愛されるなんてなるわけないじゃない」
「ああ、なるほど」
彼女の反論にシサイは大きく頷いた。
「私が彼らに快く思われていないのには理由があるんだ」
「理由?」
「この世界を創った原初の時代。私は人間を生み出した。けれどそれは他の種族よりも劣っているものだった。彼らはそれを不満に思っている。それが積もりにつもって、人間たちは私を嫌っているんだよ」
他種族に対して敵対的だったのも、彼らの劣等感から来るものだ。その元を辿れば、自らを生み出したシサイへと恨みは積もっていく。
「だから、神に成った君に不純がなければ、彼らも愛してくれるはずだ」
「そ、それって……人間に愛されるってこと?」
「そうなるね」
良い方法を見つけたと喜んでいるシサイとは対照的に、リユイは心底嫌そうだった。
シサイがそれを尋ねる前に、彼女は髪を振り回してかぶりを振る。
「ぜったいにいや! それだけはムリ!」
「ええ? どうしてだい?」
「わ、私は人間が大嫌いなの! あなたとは違ってね! 嫌いな奴らに愛されるなんて拷問以外の何物でもない!」
全力で拒絶するリユイに、シサイは呑気に頷きを返す。
彼にとって人間は自らが生み出した創造物だ。それを大事に想う事はあっても憎むことはない。けれどリユイにとってはそうではないのだ。
彼女にとって人間とは憎悪を抱く対象。愛情とは反対にあるもの。彼女の拒絶ももっともである。
「そうか……良い考えだと思ったのだけどね」
「悪いけど今のは聞かなかったことにさせて」
「仕方ない……残念だけど、そうさせてもらうよ」
話を終わらせるとリユイは止めていた作業を再開する。
シサイはこれまで人間の望みをことごとく叶えてきた。出来る事ならばすべて。
実際、彼女が拒絶しなければ彼の力を使って望みは叶えてやれる。しかしそれは出来ない。
その事にシサイが落胆していると、黙々と身体を清めていたリユイがふと顔を上げる。
「でも……あなたの想いは嬉しかった。ありがとうね」
「それはよかった」
笑顔の少女に言葉を返す。
シサイにとって、少女の願いを叶えてやれないことは残念なことだったが、それでも退屈な日々を潰せるこの毎日を楽しんでいた。
他愛のない会話をして、穏やかな日々を過ごす。それがずっと続くと思っていた。彼女が死ぬ瞬間まで、続くはずだった。




