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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第九章
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変わり者の人間

 

 リユイはとても変わっている人間だった。


 彼女はとてもおしゃべりだ。本当に次から次へと言葉が口から溢れてくる。こんな性分では、演技とはいえ黙っている生活はさぞかし心労に祟っただろう。


 彼女は自分の為に作られた住処に足を踏み入れて、それはもうはしゃいでいた。


「これかなり立派な作りね。もっとあばら屋を寄越されると思ってたけど……あなたが居るから?」

「さあ? どうだろう」

「あなたの反感を買いたくないっていうことなら、みんな同じことを考えるか。後ろ盾としてこれ以上ないほどに最高!」


 バタバタと家屋の中を駆け回りながら、リユイは好き勝手言う。

 その様子を、シサイはちょうど顔の高さにある窓の外から眺めていた。


 彼女は知っているのかわからないが、この場所は瘴気に汚染されている。楽に生きていたいと言っていたが、ずっとここで暮らすのなら彼女の寿命は保障できない。

 たとえ一歩も家の外から出ないとしても、土地が汚染されているのなら家の中に居ても同じことだ。けれど、シサイの彼はそれを良く思わなかった。


 勝手に決まった事だが、せっかく傍に仕えてくれるのだ。それがすぐに死んでしまっては意味がない。

 彼は人間の死を望んでいるが、彼らが生きるのを否定しているわけではない。あくまでも最期の瞬間を素直に手放してくれれば、それで満足なのだ。


 故に、可能な限り彼女の周りから瘴気を排除した。これならば多少の影響はあるだろうが、すぐに死ぬようなことはない。

 シサイの気遣いとも言えるような行いは、リユイの為であるがそこに特別な感情はない。彼女のため、というよりも自分が退屈しないためだ。


「良い眺めだけど、周りに何もないから殺風景ね。ここにずっと一人なんて、退屈で死んじゃいそう」

「ああ、とても退屈だよ。それは保障する」

「それはとっても最悪。でも、一人じゃないから前よりは退屈しなさそう!」

「私も同意見だ」


 本心を伝えると、リユイは嬉しそうに微笑んだ。




 ===




 一通り家屋の中を探索した後、彼女は窓際に椅子と淹れたてのお茶と菓子を持ってきておしゃべりに興じる。

 誰の干渉も受けない事を良いことに、彼女は一日の大半をここで過ごした。


 ここで暮らし始めての数日、彼女の興味はもっぱらシサイにあった。


「あなたに仕えろって言われたけれど、私はあなたについて何も知らないの」

「それは僥倖だね」

「……良いことって、どういう意味?」

「私のことを知っていたら、君はここには居られないよ」

「そうなんだ。……じゃあ、あなたの言う通り僥倖ね」


 リユイはシサイの言葉に同意した。どうにも彼女は今までの境遇から逃げ出したかったようだ。

 自由のない退屈な日々を送っていたであろうことは、彼女の言動からわかる。

 それに加えて少女の周りには敵が多い。命の危険を感じたことも一度や二度ではないと言っていた。

 そんな煩わしさから解放されたのだ。今のこの状況は感謝こそすれど恨み言など一つもないらしい。


「あなたの見た目ははっきりいって気持ち悪いけれど、とってもすごい人なのね」

「君の前では何もしていないけれど、どうしてそう思うんだい?」

「だって! あの人の顔見た!? あの時連れてこられて、あなたと話してる時の顔!」


 リユイは思い出し笑いをしながら、腹を抱えてゲラゲラと笑い転げる。


「……あの人、とは?」

「あの国王様のこと! 私あのときは演技してたから必死に笑うの堪えてたけど、ほんっとうに傑作だった! ずうっとニコニコ笑って、猫なで声で……とっても気持ち悪かった!」

「へえ……?」


 シサイには彼女が何をそんなに可笑しがっているのか、理解出来なかった。

 あの国王の態度のおかしなところは見られなかったし、彼も別段気分を害されることもなかった。アレのどこがここまで抱腹モノだというのだろうか。


「意味がわからないって顔してる」

「そうだね。意味がわからないよ」

「私が知っているあの人は、他人に笑顔を見せることはないの。絶対に。だってこの国には国王よりも偉い人なんていないから。だから彼は他人に笑顔を作る必要が無い。何よりも彼のプライドがそれを許さない。それがヘラヘラ笑っちゃって……あんなの一生掛けても見れないよ」


 だから――と、リユイは続ける。


「あなたは国王よりもすごくて偉い人。ちがう?」

「おおよそは合っているよ」

「ふーん、本当の正解は?」

「上位者……神様みたいなものだね」

「ぜんぜんみえない!」


 リユイはシサイの姿を見て、臆面もなく言い放った。

 彼の身体の状態はお世辞にも良いとは言えない。目玉もないし、肉は腐り果てている。これでは神だと説明しても信じてもらえない。せいぜい怪物止まりだ。


「神様なら、もっとちゃんとしたらどう?」

「ちゃんとする、とは?」

「そうね……身体を洗って清潔にする! 人間でなくとも生き物ならみんなやることよ!」


 椅子から立ち上がったリユイは家屋の外へ駆けて出てきた。その手には水の入った木桶と綺麗な布地が握られている。


「身の回りの世話をするってことでここに置いて貰っているんだもの。それくらいはしないとね!」

「意味がないと思うよ。これは治るものじゃないんだ」

「いいから!」


 リユイはシサイの頭を下げさせると、水に濡らした布地で身体を拭いていく。

 身体を覆う体毛の下を見た彼女は、少しだけ驚いたように手を止めた。


「……どうしてこうなったの?」

「それを話すととても長くなる」

「それは良かった。時間ならたっぷりある」


 そう言って身体を拭きながら、彼女はシサイに続きを求めた。

 特段に隠す事でもない。知りたいならと、シサイは彼女に事のあらましを語って聞かせる。


「――……つまり、ぜんぶ人間のせいってこと?」

「結果的にそうなるね」

「あなた……とっても変わってるのね」


 彼女はシサイの行いを否定しなかった。憐れみもしない。ただ一言、変わっていると言った。


「そんなことしても無駄だと思うけどなあ」

「どうしてそう思う?」

「わからない?」

「さっぱりだ」


 シサイの答えを聞いて、リユイは驚きつつも呆れていた。

 彼がリユイの言葉の意味を理解出来ないのと同じように、彼女もまたシサイの考えを理解出来ないのだ。


 けれど彼女はその問題を決して放り投げはしなかった。今まで見てきた人間のように適当な事を言って、機嫌を取り意のままに操ろうなどとは考えていなかった。


 少女は、とても変わり者だったのだ。


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