二千年前 5
すべてを話す前に、シサイはログワイドへと断わりを入れた。
「一応言っておくけれど、私は嘘を吐いたわけではないよ。ただそれの捉え方……本質が少し違うだけだ」
「……どういうことだ?」
「私には人の心がわからない。善悪の区別もない。だから、彼女がどうしてこんなことを画策したのか、本当の真意は知れないんだ。だから君の答えを聞いてみたい」
そう前置きして、シサイはかつてあった昔話を話し始めた。
シサイとは、この世にある定命を生み出した創造主でありログワイドの目の前に居る者の他にも存在するらしい。
しかし彼らは遙か昔に、大穴の底に封印されてしまった。その原因を作ったのは傲慢な人間たち。
彼らはシサイに望みを叶えてもらい、邪魔者をことごとく排除していった。
彼以外のシサイを封じた後、女神がうまれるまでの間、地上にいた上位者は彼だけになった。
一人きりの支配者は変わらず人間たちの望みを叶え続けた。それが彼のすべきことであったからだ。
しかしシサイを封じた地上の状況は、定命にとって良くないものに変わりつつあった。
大穴から溢れ出た瘴気が地上のすべてを蝕み始めたのだ。
「彼らは危機が迫っていると知るや否や、私にどうにかしてくれと頼み込んできた。もちろん、私はそれに応えた。溢れ出た瘴気を吸収するのは造作もないことだからね。けれど、少しだけ困ったことがあった。人間にとっては誤算だね」
「……困ったこと?」
「瘴気とは私たち上位者の力の源だ。それが大量に大穴から溢れてくる。いくら私がすべてを吸収出来るとしても、そんな莫大な量ではすぐに許容を超えてしまう」
「それが越えるとどうなるんだ?」
「瘴気は定命にとって毒になる。生身で冒されてしまうと、次第に身体は死んで腐っていくんだ。そしてそれは私も同様。一応、この身体は生身だからね」
ほら、といってシサイは長い体毛に覆われた顔を見せてくれた。
片手で体毛を掻き上げて見えた容姿にログワイドは顔を顰める。二つあるはずの目玉は腐り落ちて眼窩がぽっかりと空いている。表皮もグズグズと腐っており目も当てられない。
今まで気づかなかったのは、身体を覆う体毛と暗所である為だ。
「私は不死身の存在だ。身体が腐ろうともどうということはない。けれど、人間たちは私を次第に恐れ始めた」
「そりゃあ、自業自得って奴だろ。呆れるよ」
「だがそれでも、彼らには私の力は必要だったようだ。大穴が出来てより数年の後、彼らは私を管理するようになった。無闇に誰かの望みを叶えないように隔離し、奪われないように大国を作り、簒奪者と争い始めた」
シサイの語る歴史を聞いて、ログワイドは滑稽に思った。
それはシサイにではなく、人間たちにである。自分たちがどう足掻いても叶わない存在を上手く操ろうと必死なのだ。当の本人からしてみれば、足元に蟲が群がっているようなもの。気まぐれでそれを踏みつぶすも慈悲を与えるも自由だ。
人間たちの望みを叶えて、それの対価も要求しない。今まで従順だったシサイを誰も警戒しなかった。
だから、手のひらで踊らされていることに、誰も気づかない。
「そんな時代が長いこと続いた。それでも彼らは本当の意味で私を管理しきれていなかった。あくまで箱庭を作りそこに繋いでいるだけだ。だからほんの少しの綻びで積み上げてきたものが崩れてしまうことになる」
そこからシサイが語ったのは、三千年前の昔話。
この時代、女神と崇められている少女との出会いから始まった。




