女神の加護
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祠に侵入したフィノたちに、大司祭の男は警戒はしていたが怒ってはいなかった。
彼の言葉に素直に従って、抵抗しなかったことも大きい。どうやら規則を破った者に問答無用で懲罰を科すような無能ではないようだ。
彼は連行した一行を大聖堂の執務室へと招いた。どうにも話を聞く意思はあるようで、フィノにとっても有り難いことである。
「それで、君たちはなぜあの場所に? 何の用があってあそこを訪れた?」
「それは……」
「いや、その前にどうしてあの場所に入る事が出来た? 入り口を守っている兵士たちには私以外入れるなと伝えているはずだが」
容赦のない追求に、不信感を抱かれないようにフィノはできる限り正直に答えた。
一度会いに来たけれど不在だったこと。代わりに国王に協力を求めたこと。女神を殺す云々は一応伏せておく。
それらを聞き終えた大司祭は、困ったように嘆息した。
「ああ、彼の仕業だったか……先代と違い彼は我らの教義にまったく興味がないらしい。困ったものだよ」
やれやれと肩を竦めた男に気づかれないように、フィノはヨエルに抱かれている黒犬のマモンへと小声で話しかける。
「これ、どこまで話していいかな?」
『ううむ……国王の件は除くとしても、奴がどの立ち位置に居るかまったく知れない。すべてを打ち明けてしまうのはどうかとも思うが……どうしてあの場所に来たのか追求されては躱すのは難しいだろうな』
「んぅ……」
大司祭の追求を躱すには何か上手い言い訳を考えなければならない。必死に頭を絞っていると、それよりも先に彼が質問を再開した。
「それで、君たちはなぜあの場所に?」
「それが……皇帝に頼まれて」
「皇帝、というとあのアルディアの皇帝か?」
「うん、そう。それで、魔物の被害が減らないからその原因を探って欲しいって頼まれた。だから関係ありそうな場所を調査してる」
「ふむ……そういうことだったか」
フィノの嘘に大司祭は疑いもせずに信じてくれた。
一応、嘘は言っていない。アリアンネに頼み事をされたのも事実だし、真実に少しばかり嘘を混ぜただけだ。
結果的に大司祭を騙せたのだから良しとしよう。
「今回あの場所に来たのは調査のため」
「なるほど。だが君が心配しなくても何も問題はない。他国はどうだか知らないが、我が国では魔物の被害は殆どないのでな。これも女神様のご加護ゆえだ」
満足げに頷く大司祭の言葉に、フィノは眉を潜めた。
「女神の加護?」
「そうだ。それ故に我が国は平和を享受できる。こうして争いと無縁なのは女神様のおかげなのだ。それなのに、あの国王は純然たる事実に目を背けてばかり。嘆かわしいことだよ」
さも当たり前のように大司祭は言う。
けれど初めてその話を聞くフィノからしてみれば、それは本当に女神の加護なのか。半信半疑だ。
ルトナーク王国の大穴にいるのは無人の四災。他の四災の話では彼だけはあの場所に留まっているだけだという。つまり他と違って封印されていないのだ。
そうなれば大穴から吹き出してくる瘴気もないだろうし、それの影響で魔物の活性化も起きない。
この国が安泰なのは、それの影響のおかげだ。しかしそれを女神の加護であると利用している。
『随分ときな臭いことになってきたな』
「んぅ」
彼を説き伏せるには一筋縄ではいきそうにない。
この場所に安置されているであろう女神の御神体。それをひとめでも拝めればとも思ったが……彼の様子ではそれも叶いそうもなさそうだ。
長期戦になることを覚悟していると、今までフィノの背後で黙っていたアルマがいきなり口を開いた。
「この国が平安で居られるのは、この地が他よりも特別だからだ。決して女神のおかげなどではない」
突然の発言に驚いて、皆が一斉にアルマへと振り返る。
「――なっ! 何を言うか!? 貴様、我らの信仰に泥を塗るつもりか!?」
「ハハハッ、あんなモノを信じるとは。お前もつまらん奴だな」
「つまらんだと!?」
大きく口を開いてアルマは大笑した。
いつもの彼とは明らかに様子が違う。この口調は機人の四災と似ているようにも感じる。
状況を見守っていると、突っかかってきた大司祭に向かってアルマはさらに口上を述べた。
「私が考えるに、女神の感心は今も昔もあの大穴の底にある。お前たち人間のことなど、一つも眼中に無いだろうさ」
「な、なにを」
「確かめたかったら大穴の底に向かうといい。そこにお前の信仰の答えとやらがあるはずだ」
大司祭の反論をはねのけると、アルマは今度はフィノへと話しかけてきた。
「あそこまで頭が固い輩にはキツく言ってやらねば伝わらないだろう?」
「……アルマじゃない?」
「ああ、そうだ。言っただろう。これは干渉器であると。多少ならばこうして意識の干渉も可能だ」
『だからといってあのような物言いはどうかと思うが……』
「あまりに腹立たしい言動だったのでな。つい口が滑った。お前たちは大穴の底に行ければ良い。そこに部外者が一人着いてきても何の問題もないはずだ。なあに、自分の身は自分で守れるだろう」
満足げに笑った後、機人の四災は消えていった。
後に残ったのはいつものアルマだ。彼は何が起こったのか理解出来ないまま、この状況に困惑している。
「何があった?」
「ええっと……」
説明しようとしていると、フィノの言葉を遮って今まで狼狽えていた大司祭が叫んだ。
「良いだろう! そこまで言うならば貴様の口車に乗ってやろう!」
あそこまで煽られては彼も黙ってはいられないのだろう。意外にも大司祭は誰よりも乗り気である。
元々の目的地な為、フィノも彼の決断に異論はない。
大司祭の先導に従って一行は再三、虚ろの穴に赴くのだった。




