女神信仰
まだ飲み足りないとごねるアロガを引き摺って、一行は酒場を出ると王城へ向かった。
その道中、フィノは素面の二人に色々と話を聞く。
「国王様って、どんなひと?」
「そうですねえ。先代に比べて、聡明な方であると僕は思います。きっと父王陛下を反面教師としているのでしょう。先代は保守的で、事なかれ主義だったので。そのおかげで王国がここまで平和を維持出来ていると言えますが……現王はまだ若いですから、そうやって殻に籠もる性分ではないのでしょうね」
冷静な評価をするロゲンはしっかりとした答えをくれる。彼の様子を見るに、ロゲンは今の国王に対して好感情を抱いているらしい。
「……それっていいこと?」
「ううん……個人的には悪い事ではないと思いますよ。エルフのように長寿ではない人間は歩みを止めてしまっては衰退する一方ですから。これくらい割り切ってくれた方が僕は嬉しいですね」
彼が王城で魔法研究に精を出せるのも、国王の方針のおかげなのだという。新しいもの、新しいことには糸目をつけない。いっそ清々しいと思える程だ。
「だからこそ、大司祭様とは考えが合わず対立しているのです」
今度はロゲンに続いてリエルが語る。彼女は憂い顔をして話し出す。
「先代の国王様は善くも悪くも伝統を重んじる方でした。それは女神信仰も然り。女神様が地上に現われたといわれているのが五千年前。それ以来、女神様の教えを守ってきたのです」
リエルの話では、ルトナーク王国には女神にまつわる伝承が数多く残っているらしい。
他国でも女神信仰は浸透している。けれどそれらは大元から分派した派閥の一部であるらしい。
そういった小難しいものには興味がなかったフィノは詳しく調べてこなかったが、リエルに詳しく話を聞いてみると、どうやら女神が残した預言めいたものもあるみたいだ。
「地上に穿たれた大穴は災いの元。ゆえに触れてはならぬ、と」
これが本当に女神の残した言葉である確証はない。けれど教会はその教えを守っている。
とはいえ、それを律儀に守りだしたのはここ最近の話であるのだという。最近、といっても千年以上も前の話になるが……それより前はわりかしぞんざいに扱っていたみたいだ。
「千年前にうまれた魔王の存在を災いであると考えたのかもしれません。それ以降、教会はこうして虚ろの穴を管理しているのです」
「んぅ、そうなんだ」
今の話がどこまで真実なのか、フィノには推し量れない。なんせ大衆向けに真実と嘘がごちゃ混ぜになっている。
けれど真実だと仮定するならば、女神はあの大穴に触れて欲しく無いということになる。何者の手にも触れさせず、そっとしておいてくれと言っているのだ。
それすなわち、あの大穴の底に居る四災に関わることを妨害しているに他ならない。そう考えると納得できるものがある。
フィノが考え込んでいると、リエルは思い出したかのようにぽつりとこんなことを呟いた。
「そういえば……私が助司祭になってから知ったことなのですが、教会としては勇者の選定そのものを良くは思っていないみたいなのです」
思ってもみない話にフィノは目を円くした。
これが矛盾だらけなことくらい誰にだってわかる。
「どういうこと!?」
「私もこれに関してはそれほど詳しくはなくて……でも事実として、教会は勇者の魔王討伐に関しては非協力的なのです」
今のリエルの話には矛盾が生じている。
勇者の選定とは女神の神託によって成されるのだ。そこに女神の意思が関係しているのかはわからない。そもそも神託というものも、何がどうなって与えられるのか。すべて秘匿されているのだ。女神の力を間借りしている可能性だってある。
しかし例えそこに意思が介入していなくとも、勇者は女神によって生み出されるのだ。
この話をもしユルグが聞いていたら憤慨していただろう。彼は勇者としての役目を押し付けられて、あんな地獄を歩んできた。
元々の元凶が女神である。それが自分は無関係ですと言っているようなものだ。
話を聞いているだけのフィノですら気分が悪くなる。
険しい顔をしていると、
「理由はわかりませんが、心当たりはあります。私たちが魔王討伐の旅に出ているときも、教会だけは我関せずでしたから」
「んぅ……」
この問題に関してはどれだけ考えても答えは見つからないように思う。真偽も不明な情報から正しいものだけを選ぶのは至難の業だ。
きっとすべてを知り得ているのは大司祭と呼ばれる者だけだろう。
矛盾ゴリゴリぽいけど、たぶん大丈夫です(間違いがあったらあとで訂正します)




