些細な疑問
フィノの了承を得ると、アロガは得意げになってヨエルに昔話を語る。
「お前の親父はすげえんだぞ!? なんたって、隊長の俺より腕が立つ! 旅の最中、飽きるほど手合わせしたが、一度だって勝った試しがない。自分で言うのも悲しいけどな」
まるで自分の事のように胸を張って告げるアロガに、ヨエルは驚きに目を見開いた。
こんなにも父を褒める人が居るとは思っていなかったからだ。自分の事を褒められたわけではないが、なんだかそわそわする。
ふとフィノを見ると、彼女も嬉しそうにしていた。
ヨエルの父であるユルグは、フィノの師匠なのだ。それがこれだけ褒められたならば嬉しいのは当然だ。
「しかも俺の前任者に師事してたって言うんだから、勝てねえのは当たり前って話だ!」
「ああ、それ俺も知ってますよ。グランツ隊長の話ですよね? あの人のしごきはキツすぎて皆逃げてましたもん」
「それでいて実力は他の追随を許さないほど。だから皆なにも口答え出来ないんです。誤解されがちですけど、良い人でしたよ」
古参兵の話にアロガはうんうんと頷いて酒を飲む。
彼の話の続きでは、その前任者のことはアロガも尊敬していたらしい。いつか手合わせして欲しいとも思っていたが、結局それは叶わず……ほろ酔い状態で嘆きながら、――だから、と続ける。
「そんな男がアイツの師匠だった。俺がどれだけ挑んでも返り討ちに遭うわけだ」
アロガはヨエルに、お前の父親はとってもすごい人なんだぞ、と何遍も言う。
あまりに褒めるものだから、彼と旧知の仲であるロゲンとリエルも苦笑いしていた。
けれど、そんなに褒められてもヨエルにはいまいち父の凄さが想像出来ない。彼らの自慢する人をヨエルは見たこともないし、比較できないのだ。
「おじさん」
「んあ? なんだ?」
「ゆうしゃってなに?」
一番疑問に思っていた事を、意を決して尋ねた。
少年の問いかけにアロガは、持っていたマグを置いて真面目な顔をする。
「勇者って言うのは……そうだなあ。誰かの為に自分を犠牲に出来る奴の事だ。でも、誰しもずっとそれが出来るわけじゃねえ。いずれ限界がきちまう。なのに、その本人も周りの奴らも、誰もそれに気付けなかった。本当に馬鹿でどうしようもねえよ」
溜息交じりに呟いた独白は、ヨエルには意味がわからなかった。
顔を顰めながら、感傷に浸っているアロガに物申す。
「……よくわからない」
「そうだよな」
アロガは苦笑して、先ほどと同じ口上を述べた。
「勇者って言うのは……世界を救う使命を与えられた奴の事だ。昔、魔王っていう悪いやつがいてな。そいつを倒すのが勇者の使命だった。今はもうその悪い輩は倒されて居なくなったもんだから、まあ平和なもんだよ。余所では戦争なんて馬鹿なことやってっけどな」
「……まおう?」
アロガの話を聞いて、ヨエルは内心で首を傾げた。
魔王というのはヨエルも聞いた事がある。この前、ヨエルを攫った男が話していた。確か……ヨエルとマモンを指してそう言っていた。
その魔王というものが何なのか。ヨエルも詳しくはない。けれど、男の話を聞いて断片的には知っている。
余所の国の人間が攫いに来るくらい重要なもので、それでいて代わりが利かないもの。何か大事な役割があること。
でもそんな重要なものであるにも関わらず、アロガは魔王を悪い輩だと言い切った。そして、勇者はそれを倒すものでもあると。
そこまで考えて、ヨエルの頭は思考停止に陥る。考えれば考えるほどに矛盾しか浮かんでこないのだ。
「なんか、へんだなあ」
そっと足元のマモンを見遣ると、彼はヨエルの座る椅子の下で寝そべっていた。今のアロガの話は聞いていないのかもしれない。
あとでマモンに聞いてみたら答えてくれるだろうか? マモンが無理でもフィノなら知っていそうだ。
などと、色々と思っていると突然傍で大声が響いた。
「だから俺はユルグの奴を尊敬してんだよ! アイツ、性格は捻くれてたけど、それ以外はすげえ奴でな。あの時なんか――」
マグを掲げてアロガは昔話を陽気に語る。
ヨエルはそれに小一時間付き合わされることになるのだった。