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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第九章
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わるい大人:再

 

 探し人であるアロガは現在、王国軍の隊長を務めている。そんな彼がいつも滞在しているのが、数年前に新設された軍の兵舎だ。


 国防の要である王国軍には前王の政略で、軍事費が極限まで搾られていた。現王になったことでそれも緩和されて、こうしてそれなりに好待遇の扱いを受けている。

 いまや王国軍に入隊出来る事は誉れであるという認識になりつつあるのだ。


「今の時間帯はここにいるはず……ああ、いました」


 兵舎の敷地内を大人数で練り歩いていると、遠目から見知った姿を見つけた。

 先に気づいたロゲンを先頭に、部下に訓練をつけていたアロガに声を掛ける。


「久しぶりですね。探しましたよ」

「あ? ロゲン……おまえ、いきなりこんなとこに来やがって。なんのよう……」


 手ぬぐいで汗を拭きながら、アロガはロゲンの背後にいる一行に目を向ける。

 すると、フィノの姿を目にした瞬間、不機嫌そうな顔をしていたのが一転して、ぱっと笑顔に変わった。


「――お、おお! シロスケェ!? シロスケじゃねえか!!」

「げっ」


 両手を広げたアロガはフィノを見つけるや否や喜びのあまり突進してきた。それに後退るフィノだったが、背後にいるヨエルのことを考えて踏みとどまる。

 そうしていると数秒の後、汗臭く湿った、堅い胸板に押し潰された。


 その衝撃で押しやられたヨエルが転んでしりもちをつき、腕に抱えていたマモンが宙を舞い、突っ立っていたアルマの頭の上に降ってきた。


 背後で巻き起こる二次被害を気に掛ける余裕もなく、フィノはされるがままだ。


「アロガさん!? 女性にみだりに抱きつくのは、だ、ダメです! 離れてくださいっ!」

「久しぶりに会ったんだから、このくらい許されてもいいだろ!?」

「貴方の場合、握手までが許容範囲です! いいから、ほら……彼女もとっても困っているでしょう」


 突然の騒ぎに、アロガの部下である兵士たちが遠巻きにこちらを眺めている気配がする。

 隊長である彼の態度に何も声が掛からないのは、これがいつものアロガだからだろう。部下である彼らは身に染みているのだ。


「は、はなして……」

「うお、っと。すまんすまん」


 がはは、と笑ってアロガはフィノを解放してくれた。

 一息ついていると、その間に転んだヨエルは立ち上がり、アルマの頭の上に降ってきたマモンは降ろされ、再びヨエルの腕の中に戻る。


『――ワウン!!』


 粗暴なアロガの態度に、ヨエルの腕の中でマモンが抗議の声を上げる。今の彼は人目があるので犬の振りをしているから、粗末な犬語で抗議する。


「おお、犬っころも一緒か。……うん? このガキはなんだ?」

「……が、ガキじゃない!」


 アロガの視線から逃れるため、ヨエルはマモンを抱えたままフィノの背後に緊急避難する。けれど、そこからしっかりと意思表示もする。


 少年の反論にアロガは眉間に皺を寄せた。

 それはなにも口答えをされたからではない。ヨエルの顔に見覚えがあったからだ。アロガはその違和感にすぐに気づいた。


「お、おいおいおい。ま、まさか……あ、あいつの子供か?」

「うん、そうだよ」


 なぜか動揺しているアロガの問いに頷くと、彼はよろよろと後退った。


「ま、マジか……まあ、十年も経ったんだ。子供のひとりくらい居ても普通だよな」


 まるで自分を納得させるように独り言をいうと、それで――と続ける。


「肝心のアイツはどこに居るんだよ。俺たちのこと、嫌いだっても十年振りなんだ。挨拶くらいしても罰は当たんねえだろ?」


 ユルグの事を差しているアロガの言葉にフィノは言い淀む。なかなか言い出せないでいるとそんなフィノに代わって、ロゲンとリエルがアロガを引っ張っていって、こそこそと耳打ちをした。

 遠巻きにそれを眺めていると、訃報を聞いたであろうアロガは怒鳴り声を上げてロゲンに掴みかかる。


「そっ――んなわけねえだろ!? あいつが死ぬわけ」

「僕も信じられませんよ。でも彼の弟子であるフィノがそう言うんです。信じるほかないでしょう。それとも、まだ幼い彼の息子に君の父親は本当に亡くなったのかって聞くつもりですか?」

「そ、それは……」


 静かに説得されたアロガはロゲンから手を離す。冷静に諭されて、彼も落ち着いたようだ。

 とぼとぼと足取り重くこちらに向かってくると思ったら、意外なことに彼は泣いていた。


 怒っていたと思ったら次の瞬間には泣いている。感情の起伏が激しすぎる。

 これにはフィノも驚きを隠せない。リエルとロゲンの二人だって、訃報を聞いた時は驚いていたし悲しんでもいた。でも涙は見せなかった。

 それなのに、大の大人であるアロガは、まるで子供のようにわんわん泣いているのだ。


 フィノの背後に避難していたヨエルも、これにはギョッとする。

 大人なのに子供みたいな人だなあ、と思っていると目を真っ赤に腫らしたアロガは、おもむろにこちらに近付いてくるではないか!


「おい、お前」

「な、なに?」

「名前はなんていうんだ?」


 やっとのことで泣き止んだアロガは、ヨエルに問いかける。

 そういえばまだ名乗っていなかったと気づいたヨエルは、一度フィノを見上げてから彼の質問に答えた。


「ヨエル……」

「ヨエルか。そうかそうか。俺はアロガってんだ、よろしくな」


 差し出してきた手をヨエルは握り返す。そうした途端、手を引かれてヨエルは軽々と持ち上げられてしまった。

 その拍子でマモンはヨエルの腕から落っこちてしまう。


「わあっ」

「フィノ、このあと暇か?」


 暴れるヨエルを抑え付けて肩車すると、アロガはフィノにこの後の予定を聞く。


「うん、いちおう」

「よし、じゃあ飲みにいくか!」


 意気揚々と宣言するアロガは、ヨエルを肩車したまま歩き出す。


「アロガさん!? 今は職務中ではないのですか!?」

「んだよ、細かいこといってんじゃねえ」

「流石に部下が居る前でそれは、体裁も何もありませんよ」


 二人の非難を受けて、それでもアロガはどこ吹く風である。

 それでも一応、隊長の自覚はあるのか。ロゲンの一言に彼は足を止めた。


「おい、お前ら。俺はこれから店に飲みに行く。隊長が行くんなら部下も一緒だ。ついてこい」

「えっ、ええ……良いんですか!?」

「ああ、もちろん俺の奢りだ」

「さっすが隊長!!」


 部下をけしかけてアロガは何食わぬ顔でロゲンに向き直る。


「これでいいだろ?」

「だっ――僕が言ったのはそういうことでは」

「固いこと言うなよ。もちろんお前らも着いてくるんだ。共犯者になるんだよ!」

「そんな無茶言わないでくださいよ!」


 ぎゃあぎゃあと喚き散らしている二人を、アロガの頭の上から見てヨエルは途方に暮れた。

 かつてエルリレオが言っていた言葉を思い出す。

 酒飲みで、こういう輩は総じて――


「わるい大人だぁ」


 呟いた声は喧騒の中に消えていった。


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