保護者の気苦労
加筆修正しました。
サブタイトル変更しました。
墓参りを済ませたフィノは、そこから一時間かけてダラムの街へと辿り着いた。
ここから王都カーディナまで一日かかる。情報集めをするならば人が多い王都の方が効率が良い。出来ればそこまで行きたいところだ。
けれどヨエルも疲れ切っている。ここで一日休んで体勢を整えてから王都へ向かうのが最善だとフィノは判断した。
「今日は宿で休むよ」
「ほんと!? やったあ!」
一泊することを伝えるとヨエルは小躍りしそうなほどに喜んだ。
その様子に苦笑を浮かべながら、フィノは既視感を覚える。そういえば昔、ユルグと旅をしていた頃、フィノも慣れない野宿に耐えかねた事が何度もあった。
そんな時に、宿のふかふかベッドは天国なのだ。きっとヨエルも昔のフィノと同じ気持ちなのだろう。
宿の一室をとって荷物を置くと、ヨエルはいの一番にベッドに飛び込んだ。
疲労を吐き出すかのような長い溜息を吐いて、寝転んだまま身動き一つすらしない。普段の彼ならばすぐに街の観光をしようと急かすのだが……どうやらその元気もないみたいだ。
「つかれた?」
「うん……もう動きたくない」
突っ伏したまま答えるヨエルに、フィノはマモンと顔を見合わせた。
というのも、ダラムに着いたのはまだ陽も昇っている時間帯。荷物を置いたら少し街を散策するつもりだった。
ヨエルならそれを強請るだろうと思っていたし、フィノも王国がいまどんな状態にあるのか、知っておきたかった。
それが当の本人は疲れ切って何もしたくないと言う。
「じゃあ、ヨエルは留守番してて」
「うー、うん……いいよ」
またもやヨエルは寝転んだまま答える。もはやベッドから動こうとしない。
力尽きている少年の姿に苦笑して、フィノはそれじゃあとこの後の予定を話す。
「マモンは一緒に来て。アルマはヨエルのお守り、おねがい」
「了解した」
アルマにヨエルのお目付役をお願いすると、彼はわかったと頷いた。
『ヨエル、大人しくしているだぞ。勝手にどこかへ行こうなどと』
「わかってるよ。留守番くらいできる!」
マモンの小言に、ヨエルはそれをすべて言い切る前に遮ると、毛布を頭から被って遮断してしまう。
突然の反抗期にマモンは心底驚いたようで、それを窘めるどころか絶句して言葉もない。
「ええっと、そんなに遅くはならないから。マモン、いくよ」
『う、うむ』
フィノのかけ声にマモンは黒犬になると大人しく足元を着いてくる。
「疲れてると機嫌悪くなるから。寝て起きたら元通りだよ」
『うむ……そうだといいが』
しょんぼりと犬耳を垂れて落ち込んでいるマモンを連れて、フィノは街中を散策する。その間も、マモンの独り言は続いていく。
『どうにも過保護にしすぎるきらいがあるみたいだ』
「マモン、ずっとヨエルと一緒だからね」
ヨエルが産まれた時からマモンは彼の傍にいた。思い入れは人一倍だ。
仕方ないと宥めるフィノに、マモンは力なく項垂れた。
『いつまでも手の掛かる子供だと思っていたのだがなあ』
しみじみと語るマモンを連れて、フィノは適当に街をぶらつく。
こうして歩いてみると、この国がどういう状況にあるのかわかってくる。
どうやら王国は他国と比べて戦争の影響をあまり受けていないようだ。そもそもデンベルクとアルディアの戦争には中立の立場を貫いていたらしいし、当たり前と言えばそうなのだが。
『思ったよりも平和だ。これならば大穴には楽に辿り着けるかもしれん』
「マモン、場所は知ってる?」
『うむ。ここから北西に位置している。王都に向かう途中だな』
「じゃあ明日はそこに行こう」
フィノの留守を警戒して、今度はヨエルも一緒だ。
あんなことは起きないと思うけれど絶対はない。用心をするに越したことはない。
散策を終えて宿に戻ると、ヨエルはアルマと共に大人しく留守番をしていた。
二人の帰還に、さっきまで不機嫌だったのがなかったかのようにケロッとしている。やっぱり眠気と疲労がたたったのだ。
一安心しているフィノの横をマモンが通り過ぎてヨエルの傍に行くと、彼は申し訳無さそうに口を開いた。
『ヨエル……その、謝りたいことがあるのだが』
「なに?」
『先は口煩く言ってしまい、悪かったと思っている』
マモンはしゅんと頭を垂れて、ヨエルに謝罪をする。
この事についてはフィノもそんなに気にしなくてもいいとマモンには言ったのだ。けれど、けじめとでも言うのか。無かった事にはできないらしく、律儀にヨエルに頭を下げた。
突然のマモンの言動に謝られた当の本人は、少しのあいだ呆然として。それからふにゃふにゃと口元を綻ばせた。
なぜか笑い出したヨエルに、マモンは瞠目するしかない。そうしていると――
「ぼく、ちゃんと留守番できたよ!」
胸を張って、少年は自慢するように告げる。それは心配しなくてもいいと言っているようにも聞こえた。
ヨエルの自信たっぷりの言葉を聞いて、マモンはハッとする。
たった数時間だが……先日のような緊急時を除いて、マモンがヨエルの傍を離れたのはこれが初めてのことだった。
実体化出来ずとも、マモンは一度だってヨエルの元を離れたりはしなかった。それはユルグに任されたからというのもあるが、護るべき存在であるとマモンが自分の意思に従った結果である。
そんなマモンに、ヨエルは心配しなくてもいいと言ったのだ。
それを思った途端、嬉しくもあり悲しくもあり……切なさを感じて、マモンは声を詰まらせた。
『う、うむ……そうだなあ。えらいぞ』
心の底から褒めてやると、ヨエルはえへへとはにかんでマモンを抱き上げる。
「おじいちゃんが子供は留守番ができたら一人前なんだって」
『アルマがいなければ完璧だったな』
「そっ、それいわないで!」
バツが悪そうに慌てるヨエルを見て、マモンは楽しそうに笑う。
その和やかな団らんを見て、フィノはひとり胸を撫で下ろすのだった。




