たのしく、おいしい食事会
食事処に入ると、「いらっしゃい」と威勢の良い声が聞こえてきた。
店員の案内に従って適当なテーブルに着くと、とりあえずおすすめを頼む。
「おすすめは山羊の乳で作ったシチューですね。あと山羊肉の香草焼きも」
「それはおいしいものか?」
「ええ、とっても!」
アルマはしきりにおいしいかどうかを聞いてくる。ヨエルの話では、彼はおいしいものを探しているらしい。
けれどそもそもの話、アルマはおいしいものがどんな物か知らない。そんな状態では探すも何もないのだが……疑問を残しておくのは性に合わないようで、こんなにも固執しているのだ。
店員はアルマの問いに普通に答えて注文を取ると去って行った。人間の若い女性だ。どうしてかフィノは彼女の顔に見覚えがあった。
「んぅ……どこかで見たような?」
しかしいくら考えても思い当たる節はない。相手もフィノの事を知らないようだったし、他人のそら似か。勘違いの可能性もある。
特に気にしないでヨエルの雑談に付き合っていると、しばらくして料理が運ばれてきた。
「おまちどうさま!」
テーブルには美味しそうな料理が次々と並べられる。
ふと顔を上げて料理を運んできた人を見ると、フィノは目を驚きに見開いた。
「あっ!」
突然の叫び声に彼女もフィノを見る。すると思い出したかのように
「誰かと思ったら、フィノじゃないか!」
「ラーセさん!?」
どういうわけか。ヘルネの街に店を構えているはずのラーセが首都ルブルクで働いていた。
見たところ元気そうで、彼女は再開したフィノの様子を見て笑みを浮かべる。
「十年ぶりかい!? 時が経つのは早いもんだねえ」
「ラーセさん、どうしてここにいるの?」
「娘夫婦が首都に住んでいてね。五年前に戦争が始まって、心配だからってこっちで店をやることになったんだよ」
「そうなんだ」
ラーセに一人娘がいるというのはフィノも聞いたことがある。
なるほどと納得していると、彼女はヨエルに目を向けた。
「ところで、その子は?」
「ヨエルのこと?」
十年ぶりに会ったフィノが子供を連れている。ラーセにとっては一番気になる事象なはずだ。
彼女はヨエルに顔を近づけてまじまじと観察する。そしておおきく頷いた。
「ああ、わかった! 誰かに似ていると思っていたら、あの男の子供だね?」
「おとうさんのこと、しってるの?」
「ただの知り合いってだけさね。そんなに詳しくはないよ」
ラーセはヨエルとフィノの顔を交互に見比べた。
「まさか……アンタの子供ってことじゃあるまいね?」
「ちっ、ちがうよ!!」
「はははっ、わかっているよ! この子、ハーフじゃないしフィノにはてんで似てないしね」
ラーセは少し乱暴にヨエルの頭を撫でる。
ぐわんぐわんと頭を揺らしながら、少年を見つめるラーセの目はとても優しげだった。
「それにしても、あの男に子供がねえ。なんだか感慨深いよ」
しんみりと頷いて、ラーセはフィノへと問う。
「元気にしてるかい? 一度くらい飯でも食べに来てもバチは当たんないっていうのに、何の音沙汰もないんだ。薄情なもんだよ」
「んぅ、……その」
ラーセはユルグが既にいないことを知らないのだ。悪気のない言葉にフィノは言い淀む。
代わりにそれに答えたのはヨエルだった。
「おとうさん、もういないんだ」
「え?」
「おかあさんも、もうしんじゃったからいないんだ」
それを聞いたラーセは悲痛に顔を歪めた。絞り出した声は彼女には珍しく弱々しいものだった。
「子供にこんなこと言わすなんてあたしゃ馬鹿だよ、本当に」
知らなかったとはいえ、軽率な発言にラーセは悔いている。けれどヨエルは特に気にすることもなく、熱々のシチューを一口食べた。
「おばさん、このシチューおいしいね」
「そ、そうだろう! あたしの飯はとってもおいしいって評判なんだ。おかわりもあるから、たくさん食べていきなよ!」
「うん、ありがと」
にっこりと笑ったヨエルにラーセはほっとした表情を浮かべた。
フィノに一度目配せすると、彼女は店の奥に戻っていく。
一瞬ひやりとしたけれど、そんなものはフィノの杞憂だった。他人からしてみたらもういないユルグの事に触れられるのは褒められたことではない。
けれど、ヨエルにとってはなんてことはない。彼は両親の死について、周りが思うほど悲観的に感じていないのだ。
ヨエルにとっては過去のことで、それ以上でも以下でもないのだろう。
「フィノもたべよう。これすっごくおいしいよ」
「う、うん。そうだね」
ヨエルに勧められて、フィノもシチューを食べる。
すると口の中に懐かしい味が広がった。昔、ラーセの店で食べたあのシチューと同じ味がする。
「おいしいね」
「うん、ぼくこれ好きだなあ」
「……これがおいしいか?」
「そうだよ!」
ヨエルの隣に座るアルマはシチューが盛られている皿を持ち上げると、熱々のそれを一気にすべて飲み込んだ。
けれど、シチューは固形物ではない。水が苦手なアルマが水分を体内に入れても良いものなのか。黙って彼の様子を窺っていると、突然アルマの背面から水蒸気があがった。
「うわっ!」
いきなりのことに驚きつつも、フィノはなるほどと納得した。取り込んだ水分はこうして排出するのだ。
「びっくりした!」
「おいしいが、動力に還元するには効率が悪い」
「ちゃんと行儀良くたべないと怒られるんだよ!」
「……行儀良く、とは?」
「それしないってこと!」
ヨエルからの苦言にアルマはシチューの入った皿を置くと、無言で肉を引っ掴んで食べ始める。
それを見ていたマモンが茶化すような文句を言う。
『なんだ。拗ねているのか?』
「そんなことはない。やめろと言われたからやめただけだ。それにあの料理はおいしいが非効率。拗ねていない」
『わざわざ念押しするところが拗ねているというのだよ』
「けんかしないでよ」
不穏な空気を察してヨエルが仲介に入る。けれどどうにも彼の手には余るようで、すぐにフィノへと助け船を出した。
「フィノも笑ってないでたすけてよ」
「……っ、ごめんごめん。せっかく楽しく食べてるんだから、喧嘩しない」
フィノが窘めたところで、ようやく二人の言い争いが終わる。
マモンがヨエルの成すことに気苦労が絶えないというのなら、ヨエルはマモンとアルマの仲を取り持つのに苦労している。
ぐちぐちと小さい文句を言うヨエルをなだめて、楽しい食事は続いていく。




