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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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たてまつるもの

 

 心配にはなるが、今はそれを気にしている余裕は無い。

 懸念事項を頭の片隅にしまって、ユルグは腹上から飛び降りた。


 幸いにも、フィノが放った二撃目で魔物が怯んだ。それの隙を突いて地面へ着地するとすぐさまフィノを脇に抱えた。地面を蹴って、飛ぶように離脱する。

 十分に距離を置いたところで、ユルグはフィノを地面へと下ろした。


「……大丈夫か?」

「う、んぅ……ユルグは?」

「俺の事はいい」


 短く答えて、ユルグはフィノの様子を見る。


 先ほど目玉を突き刺した時に汚れたのだろう。頬についた血飛沫を手の甲で拭って、フィノは眼前に横たわっている魔物をじっと見つめている。


「怖くなかったのか?」

「ううん、へいき」


 さほど、表情を変えずにフィノは言った。


「あんなのより、ユルグがいなくなるほうがこわいよ」

「こんな所で死ぬつもりはないから安心しろ」

「むぅ……」


 じっとりと睨み付けてくるフィノの眼差しを一身に受けて、肩を竦める。


「お前、信用してないな?」

「すこしだけ」


 正直なフィノの答えに、ユルグは苦笑を零す。


 それと同時に、得も言われぬ不安が胸へと去来する。


 おそらくフィノは、相手が人間であっても何の戸惑いも無くやれていただろう。漠然と、そんな予感がするのだ。

 フィノにしてみれば、ユルグが食べられそうになっていたから、それどころでは無かったのかもしれない。

 しかし幾らそうであっても、戸惑いも葛藤も無くやってのけるのは、恐ろしいと思わざるを得ない。


「……俺より、向いているんだろうな」

「ん? なに?」

「弟子にしてやるよ」


 ――仕方ない、と頭を掻きながらユルグは答える。

 唐突な変わり身に、フィノは目を円くした。


「――ほんと!?」

「前も言ったろ。男に二言は無い」

「やった!」


 きっぱりと言い切ると、フィノは感極まった様子でユルグへと抱きついてきた。

 それを適当にあしらっていると、上目遣いでフィノがこんなことを聞いてくる。


「じゃあ、ユルグはフィノのおししょうさま?」


 ――なんてよべばいい?


 なんとも呑気な問いに、抱きついてくる身体を強引に引き剥がす。


「その話は後だ。とにかく、この場所から離れるぞ」


 今の騒ぎを聞きつけて何が来るか分からない。

 流石にもう一試合となるとユルグの体力も持つか不安だ。荷物を回収して、早めに離れた方が良い。


 例の魔物は氷域が体躯をすっぽりと覆ってしまい、見事な氷像に成り果てていた。起き上がって襲ってくることはない。念のため壊しておくべきなのだが、この大きさをとなると余計な体力を使う事になる。他に誰が通るわけでもない。放置してしまっても問題は無いだろう。


「それにしても、こいつらはいったい何だったんだ?」


 ぽつりと疑問が口を突いて出る。

 どう見ても自然に発生した魔物の類いとは思えない。体躯の造形が不気味すぎるのだ。人間を歪にごちゃ混ぜにして合成された産物と言われても信じられる。それくらい、おぞましい見た目をしている。


 五年間、様々な場所を旅してきたユルグだったが、こんなものは初めて目にした。


「ユルグ、いいよ!」


 背嚢を背負い、準備が出来たフィノの呼び声が聞こえる。


 それに思考を中断して、投げナイフを雑嚢へ。回収した剣を二本とも鞘に収めて背負うと、ユルグは手早く身支度を終える。

 フィノには後で身の丈に合った剣を用意してやろう。それには雨林を抜けた後どこか街に寄らなければならない。

 アルディアの情勢がどんなものかは分からないが、一先ずはこの場所から抜けなければお話にならないのだ。




 足早にその場を離れてユルグらは雨林の中を進んでいく。

 しかし、順調に見えた道行きは、突如終わりを告げた。


「あれは……(ほこら)か?」


 目の前にはこの場所に不釣り合いな人工物があった。

 苔が生え蒸して、びっしりと蔓で覆われているそれは、何かを奉る為の場所だろうか。建てられてどれほどの年月が経過しているのか知れないが、相当な年代を感じさせる。


「きゅうけいしていく?」

「……そうだな」


 ちょうど、小雨に降られていたところだ。

 先の魔物との戦闘での疲労もある。少しだけ休憩しよう。


 入り口は硬く石扉(いしど)で閉ざされていた。一度も開かれていないのか。開閉痕が見当たらない。しかし、この祠の形状にはおかしな点がある。

 こうして扉は強固に閉ざされているというのに、屋根が吹き抜けなのだ。崩れた訳では無い、元からこういう構造のようだ。これでは外壁を伝って中に侵入できてしまう。


「どうなってるんだ、これ」


 なんとも不気味である。気にはなるが、ただの興味本位の行動は身を滅ぼしかねない。特にこういった得体の知れないものには、最大限の注意を払うべきである。


 詮索をやめて、ユルグは苔むした外壁に背を預けて座り込んだ。


 しかし――


「ユルグ、みて!」

「お前、何やってるんだ」


 ユルグの思い虚しく、フィノはいつの間にか祠の壁を伝って屋根に乗り上げていた。


「勝手に行動するな。降りてこい!」

「ええー」

「ええー、じゃない。休憩してるのに余計に体力使ってどうするんだ」

「でも、すごいのあるよ」


「すごいの」とはなんとも抽象的で捉え所が無い。そんな説明ではフィノが何を言いたいのかはユルグには伝わらなかった。


「すごいのってなんだ」

「うーん、みればわかる」

「質問の答えになってないぞ」


 苦言を呈して、「いいから戻ってこい」と声を張り上げる。

 そこまで言って、やっとフィノは渋々と踵を返す。


 けれど、脆い外壁に体重をかけたせいか。いきなり崩れた瓦礫にバランスを崩して、向こう側へとフィノは落ちていった。



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