本質を見抜く
――三日後。
護衛を数名伴って、アリアンネがメルテルの街に到着した。
事前に教えていた宿の前に上等な馬車が停めてあるのを見て、それに気づいたヨエルはそれはもう大興奮。
「あれなに!? ぼく、あんなのみたことない!!」
「いまからあれに乗って行くんだよ」
「ほんとに!? はわぁ……」
窓際によって馬車に釘付けのヨエルを急かして、支度をすると荷物を持ってアリアンネの元へ向かう。
ここにはもう戻って来ないから宿を引き払って……色々と手続きをしているとフィノを置いて、先にヨエルは外に出て行ってしまった。
「あっ、もう……せっかちなんだから」
苦笑しながらヨエルの後を追う。
宿から出ると、アリアンネとヨエルが楽しげにおしゃべりに興じていた。彼の腕の中にはマモンもいて、あの様子では気を揉む必要も無さそうだ。
「フィノ、遅くなってすみません」
「ううん、大丈夫。おかげでゆっくりできた」
「そうですか。それはよかった」
気にしなくてもいいと言うと、アリアンネは見慣れた微笑を浮かべた。
次いで、フィノの後ろに待機しているアルマに視線を移す。
「その御方が?」
「うん、アルマっていう。誰かを傷つけたりしないから、安心して」
フィノの紹介に、アルマは無言で頷く。
アリアンネにも彼のことは事前に話してあった。それゆえに彼女もアルマについては、それほど警戒していない。
「少しの間ですけど、よろしくお願いしますね」
「よろしく頼む」
親睦の握手を交わしていると、それを眺めていたヨエルがアリアンネに話しかける。
「アルマの名前、ぼくが考えたんだ!」
「ふふっ、そうなのですか?」
「うん! そうだよね、マモン?」
『う、うむ……その通りだ』
突然、話を振られたマモンはもごもごと口籠もる。
彼は大丈夫だとフィノに言ったが、それでもアリアンネと面と向かって話したくはないのだろう。けれどヨエルはそう思っていない。
おそらくマモンとアリアンネの関係を少しだけ知っていて、どうにか仲良くなって欲しいと思っている。それ故に自分から色々と話しかけているのだ。それでも、なんだか気持ちがからまわっているように見える。
「それでは、そろそろ出発しましょう。先方には事情を伝えてあります。遅れては失礼にあたりますから」
「うん、そうだね」
アリアンネの招きに従って、一行は馬車に乗る。
目的地は関所を越えて、デンベルク共和国の首都ルブルク。ここから二日の道程だ。道中で野営をして、二日後の昼には着いているはず。
その道中でマモンがある事をフィノへと語る。
ちょうどヨエルが騒ぎ疲れて眠っている時だった。
『話そうと思っていたのだが……』
かくかくしかじか。マモンが語ってくれたのは女神についてだった。
マモンが知恵を絞って出した考察を、一通り聞き終えたフィノは難しい顔をして黙り込む。
正直に言うとフィノは女神についてまったく詳しくない。知識で言うならばここにいる皆と同程度だ。つまりマモンの考察以上の答えをフィノは持ち合わせていない。
いままで出会った四災から知り得た情報は共有しているし、アルマから聞いた話も今すべて聞き終えた。
「んぅ、今はまだわからないかなあ」
『まあ、そうであろうな。やはり当事者に話を聞くのが一番だ』
そう結論づけたところで、フィノはアリアンネにも話を振る。
「アリアはどう?」
「わたくしですか?」
フィノの問いかけに、アリアンネは少し思案した後、こう答えた。
「そうですね……一度だけ、その御神体とやらを目にしたことはあります。皇族の特権というやつですね」
驚いている二人を余所に、でも――と、アリアンネは続ける。
「あれは世間一般が思うような綺麗なものではないとわたくしは思います」
「……どういうこと?」
「各地に安置されている御神体の一部。水晶のように美しいものですけれど、あれは女神というものの見目良い、綺麗な部分を切り取っているだけです。根っからの悪人が、人生で一度だけ行った善行をその人の本質だと見間違っている。そんな感じでしょうか」
アリアンネは、曖昧なそれでいて的確な例えをする。
「思うに、人間とエルフでは根本的な考え方というか、感じ方が違うのでしょう。少なくとも、わたくしはアレを善いものとは思えません」
「アリアがそんなこというの、珍しいね」
アリアンネが誰かを悪く言うところを、フィノは見たことがなかった。それもこんなにはっきりと。
それはマモンも同じで、突然のアリアンネの発言に戸惑っている。
『だ、だが……そこまで言われる女神とやらはいったい何なのだ?』
「さあ、何なんでしょう? わたくしにはさっぱりです」
もちろん、その答えをここに居る者たちが持ち合わせているはずもなく。疑問は平行線のまま、馬車は進んで行く。




