終結の一手
明け方近くにメルテルの街から発ったフィノは、昼頃には帝都へと着いていた。
すぐにアリアンネの元へと向かうと、彼女は快くフィノを迎えてくれた。
「突然どうしたのですか?」
「うん。あのね――」
突然のフィノの来訪に、アリアンネは驚いていた。
そんな彼女に、フィノは昨日の出来事を説明する。
機人の四災から聞いた過去の話。四災と女神の関係性。残る目的地はあと一つであること。
そして、そこに向かうのに少し難儀していること。
「なるほど……確かにあの子を一緒に連れて行くならばスタール雨林を越えるのは大変ですね」
「うん。だから関所、通れないかと思って」
「そうですねえ……」
フィノのお願いにアリアンネは難しい顔をして思案しだす。
この件について、無理を言っていることはフィノも承知していた。なんせ今は戦争中なのだ。それも隣国……これからフィノが向かわなければならないデンベルクと。
流石に敵国からの国境を開くというのは、無理難題である。
それ故にフィノも期待半分でアリアンネへと提案してみた。
無理なら無理で構わない。今はフィノ以外にもヨエルを守ってくれる者もいる。最悪スタール雨林を越えることだって、なんとかなるかもしれない。
「実はわたくしも、悩み事を抱えているのですよ」
熟考していたアリアンネは、いきなりこんなことを切り出した。
「なやみ?」
「ええ、といっても私の抱える悩みなんてきっと筒抜けでしょうね」
「……戦争のこと?」
フィノの指摘に、アリアンネは正解、と頷いた。
「……でも、戦況は有利になったんじゃないの?」
「そうですね。貴女のおかげで、随分と盛り返してきました」
フィノが四災に関わることで、偶然にも今の帝国が抱える問題を解決するに至っている。
現に今だって、スタール雨林に潜んでいたアルマを無害な状態に出来たところ。このままいけば、帝国が雨林を制圧する日もそう遠くないだろう。
「ですが、武力衝突は平和的な解決とはいきません。わたくしは、出来れば停戦に持っていきたいのです」
「停戦……」
アリアンネが一番にそれを望んでいる事はフィノにも充分に伝わっていた。彼女は元々争いを好まない性格をしている。
デンベルクとの戦争が勃発した時も、フィノはアリアンネが武力を用いた戦争を決断したことにとても驚いたのだ。
もちろん、そうしなければ国を守れないことはフィノにだってわかっている。しかし、話し合いも交えずに戦争に移行してしまった。
その理由について、実はフィノもそこまで詳しくはない。
「どうして最初からそうしなかったの?」
「デンベルクの要求は魔王の一国支配と、我が国で創り出された匣の製造方法の譲渡です。それをのんでしまったら……どうなるかは貴女ならわかるでしょう?」
「んぅ……」
魔王の支配は、かつてあった魔王制度の復活を意味する。しかもそれを一国で管理しようというのだ。昔のものよりも遙かにタチが悪い。
当然、許されるものではない。
そして、匣の製造方法の譲渡。
これは、今までフィノががむしゃらに研究してきたもの。それを他国に流すというのは、フィノの心情を思ったアリアンネが良しとはしなかった。
匣の研究はフィノ自身の為でもあるが、アリアンネの宿願でもあるのだ。それが完成されれば、瘴気に対して何かしらの有効手段が取れる。
だからこそこれまでフィノに協力してくれていた。
それを手柄だけ横取りするような真似など、許せるわけがない。
「それは……無理だよね」
「出来ないと解っていてそれを条件に提示してくる。つまり、相手は初めから戦争をする気だったということですね。おそらく、わたくしが帝位を継いだことも関係しているのでしょうけれど」
「……なめられてた、ってこと?」
「お恥ずかしい限りですが……そうなのでしょう」
困り顔をしてアリアンネは苦笑する。
それでも、デンベルクは焦りすぎた。慢心しすぎた。彼らは帝国の力を見誤ってしまった。だからこそ、少しずつ不利な状況に陥っている。
そして、それを案じたからこそ密偵に魔王……ヨエルを攫ってくるように命じたのだ。
「ですが、貴女の頑張りで状況は変わってきています。こちらが最大限に譲歩して、当初の条件を一部明け渡すのならば、停戦も可能なはずです」
「そっか!」
昔はデンベルクの出した条件をのむことは出来なかった。けれど、あれから年月が経ち状況も変わってきた。
匣の製造方法もフィノの研究の成果で目処が立った。
そして、今まさに最後の四災の元に向かおうというところだ。このまま上手く行けば、四災をすべて解放して瘴気を消せるかもしれない!
「貴女ならきっと成してくれるでしょう。でしたら、こちらも出し惜しみをする必要はありません」
瘴気がなくなれば、魔王の存在も。匣だって必要なくなる。手元にあっても邪魔なだけだ。だから今のうちにそれを交渉の材料に使って、帝国に有利になるように進めようという魂胆なのだ。
「ですから……そうですね。停戦の申し出に託ければ、国境の通り抜けは可能かもしれませんよ」
「ほんとう!?」
「ええ、そうなればわたくしも貴女とデンベルクまでご一緒することになるのですが……それでもよろしいですか?」
「うん! それでいこう!」
アリアンネの提案にフィノは喜んでその手を取った。
フィノはデンベルクを越えてルトナーク王国へ行かなければならない。途中で別れることになる。ゆえに国境を越えてデンベルクの首都ルブルクまで共に向かう事になるだろう。
もちろん皇帝本人が足を運ぶのだから護衛も必要になってくる。
「流石に貴女にわたくしの護衛役をしろとは言いません。色々と多忙な身でしょうから」
「うん。ヨエルも待たせてるから、早く戻らないと」
「では貴女は先にメルテルまで戻っていてください。そこで合流して、デンベルクに入る。その手筈で行きましょう」
「んぅ、わかった!」
問題の解決が案外すんなりと進んだことに、フィノは満足だ。けれど、一つ懸念事項がある。
デンベルクまでの道程にアリアンネが共に着いてくる、ということは……マモンがなんて言うか。
マモンにとってはあまり良い気分にはならないだろう。それでもこの選択が最善だと、きっと彼も理解してくれるはず。
話も纏まったところで、フィノはアリアンネに別れを告げるとすぐさまヨエルの待つメルテルまで戻っていった。




