核心に迫る
腕の中でずっと唸っているマモンを見て、ヨエルも彼の抱える疑問について考える。
「……たぶん、いやなことされたんだよ」
『……なんだって?』
「女神様、いやなことたくさんされたから、人間のこときらいなんじゃない?」
ヨエルは思い浮かんだことをマモンに語って聞かせた。
自分だったら……誰かを恨む理由なんてそれしかない。何か許せないくらいに嫌な事をされて……そのことを謝りもされなかったら、悲しいし苦しい。神様だってそれは同じなはず。
『なるほどなあ。しかし、恨むほどにいやなこと、とはなんだ?』
「えっ? ……ううん、なんだろ」
マモンの問いかけにヨエルは真剣に考える。
いやなこと。誰かを恨むほどにいやなこと。考えに考え抜いて、ヨエルは閃いた。
「大事なひとが傷つけられたら、ぼくはいやだなあ」
『ふむ……』
自分だったら、大事に想っている人が誰かに傷つけられたら怒ってしまう。簡単に相手を許せないだろう。
ましてや、それで取り返しのつかないこと……死んでしまったりしたら。ヨエルにはそんな経験はないけれど、同じことをしてやると思うかもしれない。
女神様のことは詳しくないから知らないけれど、元人間ならば大事な人が居たかも知れない。
両親もいなく、天涯孤独な身であるヨエルにだって大事な人がいるのだ。一人くらい、大切に想っていた人がいたはず。
『ならば……女神の成したい事は、復讐か?』
安直な考えではあるが、可能性はあるとマモンは判断した。
女神の世界への行いを見ると、その根底にはやはり悪意がある。もし仮に、地上を瘴気で満たそうというならば、それは人間にとってかなりタチの悪いものだ。
エルフにとっても瘴気に冒されることは、良い事とは言えない。あれは生物にとって毒となるもの。しかし、人間のような変化が起こるわけではない。
たいして瘴気に冒された人間の末路は不死人である。そう、人間だけがそうなるのだ。無人の四災は、不死人を快くは思っていなかった。彼にとってもあの状態は良い事とは言えないのだ。魂がどうのと言っていたが……つまり、不死人とは人間にとって、不都合の塊ということになる。
何も手段を講じなければ、確実に世界は最悪の顛末を迎えていた。
それをログワイドがマモンを創り出したおかげで、なんとか防げている。祠に奉られている匣だって、マモンの力を応用して後に創り出されたものだ。
けれど、そこにもまた矛盾が生まれてくる。
第一に、ログワイドはマモンを創り出した事を間違いであったと言っていた。過ちだと、彼は確かに記していたのだ。
今の考察と照らし合わせると、そこには確実に齟齬が見られる。マモンを創り出した事は、世界にとっては良いことであるのだ。瘴気への唯一の対抗手段を手に入れたわけだ。
そもそも、ログワイドも女神の目的を阻止するためにマモンを創った。何も間違いなどなかったはず。
それなのに……石版にはあのように彼の後悔が記されていた。
他にも手段はあったと、マモンを創ったことは彼のエゴであったと。どうしてそう記したのか、マモンにはログワイドの真意が掴めない。
『ううむ……』
それに気になることがもう一つある。
無人の四災についてだ。奴は何かを待っていた。機人の四災は、奴は大穴に封じられているのではなく、そこに居るだけなのだと言った。
自力で出てこられる。しかし、そうすることもなくあの場所で何かを待っている。
マモンにもフィノにも、無人の四災が何を成そうとしているのか。それは未だわかっていない。
けれど唯一それを知っていたかもしれないのが、ログワイドだ。マモンはそれを確信していた。
全てを知った上で、彼はマモンを創った。しかしその事を彼は間違いだと言った。その言葉の真意は……もしかすると、ログワイドは瘴気をなくすには、無人の四災を大穴から出すことが正解であると知っていたのではないか?
知恵を振り絞ってなんとか閃いた考えをマモンは語った。
ヨエルはちんぷんかんぷんであったが、唯一アルマだけはそれに反応を示した。
「その可能性はある。君の創造主は全てを知っていたというのが、マスターの見解だ」
『となると……先の考察の意味合いも違ってくるな』
女神の目的が地上を瘴気で満たして、人間を滅亡させる……復讐であると仮定して、ログワイドはそれを阻止するためにマモンを創った。
と、考えたが……彼が最善手を知っていたとすれば、無人の四災をあの場所から出すことが最善であると気づいたはず。けれど、ログワイドはその最善を蹴って、マモンを創った。
他に手段があったとは、無人の四災をあの場所から出すということで間違いないはずだ。
だがやはり、そうであってはおかしい。
ログワイドの思惑は一貫して、女神の大願を阻止することだ。それが彼の行動の根底にある。だから彼は四災をあの場所から解放しなかった。
奴を解放することが、女神の邪魔をするには一番の方法だと知っていてだ。
あの大穴は四災の力を吸い上げて瘴気として地上に放出するもの。逆を言えば、地上に四災がいるならば瘴気の被害も抑えられるはずだ。
女神としても四災の解放はもっとも嫌うところなはず。それをログワイドは知っていたはずなのに、彼はそれを蹴った。
つまり――何か不都合があって、ログワイドは無人の四災を大穴に留めたのだ。
『もう一息、というところだが……やはり核心まで迫れぬか』
そこまで結論を出して、マモンは考えるのを辞めた。
過去に起こった事象の全容は掴めてきた。けれど、肝心の部分が未だ霧に覆われたまま。もやもやするが、解らないものは仕方ない。
この考察はフィノが帰ってきてから彼女にも話すとしよう。




