遺された想い
食事を終えた三人と一匹は宿に舞い戻る。
昼食には遅い時間帯に食事を済ませた為、部屋に戻ると外は陽が落ちかけていた。茜色が窓から差して、しんと静まった室内に色をつける。
「ヨエル、疲れたなら寝ていいよ。今日はもうどこにも行かないから」
「うん……」
空腹を満たして気持ちよくなったヨエルはそのままベッドに潜り込んで……寝てしまうかと思いきや、またもや唐突に起き上がった。
「フィノ! これ読んで!」
彼が懐から取り出したものは、無人の四災に渡されたユルグからの手紙である。
ヨレヨレのそれを大切に取り出すと、テーブルに着いていたフィノに手渡す。
「そういえば約束、してたね」
フィノはヨエルを自分の隣に座らせると、手紙を開く。
そこに書かれていたものは、たくさんの謝罪と確かな愛情があった。
最後になにを残すか考えた。でも、俺が残せるものは君への謝罪しかない。
ひとりにさせてしまったこと。寂しい思いをさせてしまっていること。傍に居てやれないこと。つらい運命を背負わせてしまうこと。
ミアを、母さんを助けてやれなかったこと。
ぜんぶ俺のせいだ。恨んでもいいし、許さなくてもいい。
父親として、してやれる事は何もないけれど、それでも。これだけはどうしても知っておいて欲しい。
父さんも母さんも、ヨエルのことを心の底から愛してる。
「……これで、おわり」
手紙を読み終えたフィノは確信した。これは確かにユルグの言葉であると。
もし今でも生きていたのなら、きっと同じことをヨエルに話しただろう。フィノにはそれがよくわかる。
彼はヨエルを想ってこれを残したのだ。どうでもいいと思っていたらこんな手紙なんて残さない。
けれど、当の本人がそれに気づくかはまた別の話だ。
『あの男らしいなあ』
「うん……そうだね」
ヨエルの膝上に座っていたマモンはやれやれと小さく嘆息した。
自分に宛てられたものではないけれど、読んでいたら涙が滲んできた。それを指先で拭って、フィノはヨエルの様子をうかがう。
ヨエルは俯いたまま、顔を上げようとはしなかった。何か思うところがあるのか。じっと黙ったままだ。
その様子に、どうしたんだと声をかけようとした時。ぽつりと呟きが聞こえてきた。
「これ、ほんとうかな」
「え?」
「うそかいてるんだよ。だって、あっ……愛してるとか、言うわけない」
『……そんなことは』
マモンが宥めるようにヨエルに答える。けれどそれは逆効果だった。
「ききたくない!」
『ど、どうしたのだ。何をそんなに怒って』
突然腹を立てたヨエルにマモンは困惑する。
そんな彼を膝上から降ろすと、ヨエルは椅子から飛び降りる。
「どこにいくの?」
「そと! マモンもフィノもついてこないで!」
抱えた想いを吐き出さないまま、ヨエルは独りになりたいのだと言った。
いつもの彼とはまったく違う様相に、二人はどうするのが正解かわからない。引き止める前に、ヨエルは部屋を飛び出して行ってしまった。
『なんなのだ? いったい』
「んぅ……」
あんな風に怒ったヨエルを、フィノもマモンも知らない。けれどフィノにはなぜあそこまでヨエルが怒っているのか。その理由がわかるような気がする。
あの手紙はユルグがヨエルを想って残してくれたものだ。けれど、それが本当に本心から出たものか、ヨエルは疑っている。
ユルグが彼にしたことを考えるならば、疑心暗鬼になるのも理解出来る。
『そろそろ日も暮れる。ヨエルはああ言ったが、追いかけた方がいい』
「君たちは着いてくるなと言われていた」
心配するマモンの言葉を遮るように、今まで部屋の隅で傍観していたアルマが声を上げる。
「だが、アルマは拒絶されていない」
それだけを言うと、彼は他に目もくれずに部屋の外に出て行った。
 




