始まりの話 2
四災の話は続いていく。
「超常の存在が望みを叶えてくれる。それを知った人間たちは地虫の如く群がった。それら全てを奴は際限なく叶えてやった。そうすると、何が起きたと思う?」
彼はフィノに問う。
何でも願いを叶えてくれる存在が傍に居る。最初は有り難がって感謝もするだろう。けれど、それが身近な存在になったら?
対価も望まず、願いを叶えてくれる。そうなってしまえばそれを神と敬うどころか、ただの都合の良い道具として利用し始める人間だって現われるはずだ。善いことではなく、悪いことに使う輩だっていたはず。
けれど無人の四災にとって、彼ら人間の望みが善いか悪いかはどうでもよかったのだろう。彼の目的は人間の望みを叶えて満たすことだ。それが出来れば何だっていいと、上位者である彼ならそう考えても不思議はない。
「人間は今まで劣等感の塊だった。他の種族は特筆すべき物を持っているのに、自分たちには与えられていない。その事に不満を抱いていたのだ。けれど嘆いたところで彼らが他種族に勝てるものはない。そうして諦めていたところに、奴が現われて何でも望みを叶えてやると言う。これに飛びつかない輩はいない」
「それって……」
四災の話を聞いて、フィノはピンときた。
竜人の四災が語った、人間の自業自得という話。それの始まりがこれなのだ。
「私たちが意図しないところで争いは加速していった。初めは竜人、次は森人。人間は彼らをことごとく潰していった」
「ま、まって! それ、止めなかったの!?」
自らが創りだしたものが争いで滅びるかもしれないのだ。彼ら四災は命を軽んじるが、それでも被造物に対しては愛着というものを持っている。
誰しも自分が目を掛けている存在が滅びるのを良しとはしないはず。
「定命の争いなど、私たちにとってはどうでもいい。助力もしなければ報復もしない。滅びてしまったのならばそれまでだ」
「そんな……」
「だが、面白くはないな」
不満げに嘆息して、彼は話を続ける。
「竜人、森人、機人……これらに共通したものがある。彼らは私たちを神と崇めていた。竜人は竜神、森人は神木。機人は創造主である私。彼らの根底には上位者に対しての畏れがあったのだ。だが、人間にはそれがない。敬うどころか、危険なものとして恐れた。故に奴らは私たちを四災と呼ぶのだ」
人間の傲慢さは、きっと彼らの抱える劣等感から来るものなのだろう。ひいてはこのような創りにした創造主を彼らは快く思ってはいない。
そのくせ、望みを叶えると言えば際限なく群がってくる。そして無人の四災はこれを良しとした。彼らへの施しをやめなかった。
その結果が、今の状況へと繋がっているのだ。
機人の四災が語った古代の歴史では、最初に滅んだのは竜人であるらしい。
けれど人間たちは竜人を滅ぼしても、それだけでは満足しなかった。
「人間は上位者である私たちをも目の敵にした。しかし、彼ら定命では私たちに手を下せない。そこで、奴に頼ったのだ」
「それであんなことに……」
「上位者の過干渉は褒められた事ではないが、破ったからといって何か罰則があるわけでもない。あくまでも、暗黙の領域だ。私たちは人間の成すことを静観することにした。例え無人の奴であっても不死者である上位者を殺せはしない。何も出来ないように封じるのが精一杯だ。たかが大穴の底に押し込められただけ。竜人の奴は不満だろうが、私たちにとって時間は無限にある。特に問題視すべきことではない」
その結果、竜人は滅んでしまった。それを聞いて、フィには不思議に思う。
人間は他種族を滅ぼそうとした。けれど、今の時代まで森人は生きている。滅んではいない。
しかし機人は、プロト・マグナを除いてすべて壊れてしまった。
この違いはなんだというのか。
「それじゃあ、森人はどうして残ってるの?」
「竜人と違い、森人は人間に対して友好的だった。自分たちの益になると判断したのだ。しかし、情けを掛けたわけではない」
棲み分けはしていたけれど、他種族との交流はそれなりにあったようだ。
けれど、人間はそれすらも全て台無しにしてしまった。
「古代の森人たちは、神木の番人だった。彼らはそれを守ることを使命としている。故に人間は森人の心の拠り所であり、御神体でもあった神木を倒すことにした。神という存在を信じて生きている森人が気に食わなかったのだ」
その結果が、森人の四災が嘆いていたもの。
森人は神木を失って、当初生み出された生き物とは別のものになってしまった。それを彼らの創造主である森人の四災は快く思わず、彼らに見切りをつけたというわけだ。
『なんとも傲慢であるな』
堪えきれずマモンは心情を吐露する。
生物ではない彼もそう思うのだ。とはいえ、マモンだって人間にも善い人はいると理解している。
過去の惨劇だって止められたはずだ。しかし、そうならなかったのは誰も彼らを諫める存在がいなかったからだ。
人間の抱える劣等感、四災が与えてくれる万能感。加えて、集団心理が、彼らを残虐行為に駆り立てた。
その結果が、自分たちにどんな災いをもたらすかも知らずに。




