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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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終わりの話 3

 

 目の前には、頭部のなくなったミアだったものの死体。

 いや、あれは同じ顔をしたただの人形だ。それは理解もしているし納得もしている。


 けれど、どうあっても受け入れられない事象が存在する。


 四災がユルグの目の前で、人形を壊した瞬間――脳裏に浮かんだのは、ミアを救えなかった時の記憶。絶望。臓腑を焼かれるほどの後悔、自責の念。


 頭ではわかっている。あれはミアではない。それでも、大事な人を傷つけられたと錯覚するには充分すぎる。


 あれほどに苛烈な復讐を遂げたユルグだが、彼の中では未だ何の決着もつけられていないのだ。

 悼みも、哀しみも置き去りにして、吹っ切れただけ。だから四災にあんな馬鹿な事を願ってしまった。


「ぐっ……うぇっ」


 ――その結果がこのザマだ! 


 死の間際で気が緩んで、こんな何にもならないことを望んでしまった。

 死んだ人間が戻らないことなど、自分が一番良く知っていたはずだ。


 己の運命はとうに知り尽くしている。結局、どんなに足掻いたところで何も、誰も救えない。

 そんな奴がかつては勇者だったなんて、とんだお笑いぐさだ!


「気分が悪そうだ」


 嘔吐いたユルグを見て、四災は意味のなくなった人形を放り投げて声を掛ける。

 それを無視して、ユルグはいま出来る最善を導き出す。


 救えない事など百も承知。だったらそれでいい。代わりに、ユルグが出来なかった事を成してくれる者の為に、何を残せるか。今はそれが重要だ。

 既に風前の灯火にある命。これでどこまで足掻けるかわからないが……あんな体たらくを晒すよりは何倍もマシだ。


「だいじょうぶだ」

「そうかい? でも――」


 四災が話し終える前に、ユルグは既に満足に動かせない身体を立ち上がらせる。

 力を込める度に、末端から身体が瓦解していく。痛みはない。だが確実に命を削る行いだ。


「あまり無理をしてはいけない。私は君ともっと語らっていたいんだ。無理をするとその時間が減ってしまう」

「そうか。俺にはどうだっていい」


 四災の制止も聞かず、ユルグは彼の鼻先に立った。

 そうして、彼の開いた口を押さえるように手を掛ける。


「おまえ、まだ俺の望みを叶える気はあるか?」

「ああ、もちろんだとも。制限はない」

「だったら、死んでくれ」


 ――一言。

 ユルグの望みを伝えると、四災は目を見開いた。

 その眼差しはユルグをじっと凝視している。けれど彼からの返答がない。それもそのはずだ。

 何でも願いを叶えてくれる存在。それを有り難がっても、死を望むなんて輩がいるわけがない。


 四災はユルグの望みに、戸惑っているのだ。


「おれの望み、なんでも叶えてくれるんだろう? だったら、今ここで死ね」


 再度、はっきりと伝える。

 すると四災はわなわなと身体を震わせた。


「なんっ、なんということだ……これは」


 ぞわりと体毛が逆立つ。

 ユルグの一言が四災の神経を逆撫でしたことは明らかだ。竜人(ヤト)の四災もそうだったが、自らよりも遙かに下等な生物である定命に、こんな不遜な態度を取られたのだ。

 激昂して頭から食われても文句は言えない。


 けれど、これこそがユルグの考えた最善だった。

 竜人(ヤト)の四災の証言で、無人の四災がこの騒動の原因を握っていることはぼんやりとわかっていた。彼が何をしたのか。それはわからない。けれど確実に関わりがある。

 それを確信したからこそ、ユルグは彼に死んでくれと願ったのだ。


 上位者とはかなりの力を持つ者なのだろう。それが一つ欠けるとどうなるのか。未知数ではあるが……何らかの変化は起きるはずだ。


 この大穴から出すということも考えた。

 しかし、元凶である人物をそのまま野放しにするよりも存在を消した方が確実である。

 それにコイツ一人を出しても抑止力が存在しない。他の四災は大穴の底にいるし、もし万が一無人の四災が暴走したら誰にも止められないのだ。


 けれど、四災というのは不死身の存在。それに死ねと望むのは荒唐無稽というもの。



 ユルグの望みを聞いて、四災がどんな反応をするのか。

 見守っていると、彼は唐突に笑い出した。


「クククッ――おもしろいなあ。私におかしな事を願ったのは君で三人目だ! 『愛して欲しい』『女神を殺して欲しい』『死んで欲しい』……ああ、君が三番手でないことは、本当に残念だよ」


 四災は怒ってはいなかった。むしろ残念がっている。

 彼の中でどんな帰結に辿り着いたのかはしれないが、機嫌を損ねてはいないらしい。


「それにしても、君はおかしな人間だ。普通、死の間際に居るとわかっているなら、死にたくないと願うものだと思うがね。私の知る人間は、みなそうだった」

「これ以上、生きたいとはおもってない」

「ふむ、興味深い境地だ」


 ユルグを見つめて、四災は唸り声をあげる。

 彼の意見は的を射ているものだ。誰だって死にたくないと願うだろう。ただユルグがそう思っていないだけ。

 大穴に落ちると決めた時から、自分への未練は棄てた。それだけのことだ。


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