不滅の魂
四災の言動を理解出来ていない二人に向かって、彼は語る。
「他は君たちのことを無人といって蔑むけれど、私は何よりも完璧な存在として人間を創った」
『……完璧な存在だと?』
四災の発言はどう考えても偽りであるといわざるを得ない。
かつて存在していた竜人と機人。彼らのことをマモンは知らないが、現存している森人と比較しても人間が劣っている事など明白だ。
故に彼の話は笑い話でしかない。
しかしマモンの懸念を、四災は気にすることなく話を続ける。
「命に執着しなければ、人間こそが唯一の不死性を持った生物だ。竜人にも森人にも、機人にだって不可能。不朽の躯、永劫の命、悠久の刻――どれを取っても辿り着けなかった境地に、君たちは初めから至っている。残念な事に、それを知覚できてはいないけどね」
首を竦めて、四災は落胆したように吐息を零す。
「知っていたのなら、あんなにも傲慢にはなれない」
四災の話に、マモンは疑問を抱く。今まで見聞きしてきた話と彼の話はことごとく合致しないのだ。
以前、竜人の四災に聞いた話では、彼はこれと真逆のことを言っていた。
人間……無人は唯一不死性が与えられなかったものであると。だから持たざる者と言うのだとはっきりと言った。
彼がわざわざ嘘を吐く理由はない。もしかしたら別の意図が込められていたのかも知れないが……マモンにはそれを見抜くことは出来なかった。
『不死性だと? 冗談はよしてくれ』
不死性とはすなわち、死なないということ。
そんな口からの出任せみたいな冗談を信じられるほど、こちらも馬鹿ではない。誰が聞いたってマモンと同じ反応を示しただろう。
『こんなにも呆気なく死ぬ生物のどこが不死だと言うのだ?』
「はあ……君も彼らと同じことを言うね」
うんざりとした様子で嘆息すると、四災は説明を始める。
「不死身というのは何も生命を延々と巡らせることだけを言うのではない。私が彼らに与えたのは死した後の永劫だ。つまりそれは、死ななければ発現しない」
『……死んだ後だと?』
予想外のことを四災は悠々と語る。
そういえば……竜人の四災も似たようなことを言っていた。死ななければ始まらない、だとかなんとか。
その時はまったく意味がわからなかったが、もしかしたら彼はこのことを話していたのかもしれない。
「君たちに理解出来るように説明するならば、死した後、肉体は滅びるが生命の本質……魂とでも呼ぼうか。これはその後も続いていく。そしてそれは不滅にして唯一無二のものだ。消えることなく巡っていき、次の命へと還っていく。私はそのように人間を創った」
つまるところ――人間の不死性とは、不滅の魂。何者にも冒されることのないそれは、不死と呼ぶには充分すぎるものだ。
けれどこれには一つ、どうあっても抗えないものがあった。
「しかし、人間は殊更に死を恐れる生き物だった。死を越えなければ境地に至れないのに、それを拒む。やがて恐れは増長していき、手が付けられなくなった。これについては私の落ち度だ。悪いと思っているよ」
四災は、だから大丈夫だとヨエルに告げる。
あの男の死は一時的なものでしばらくの後、続いていくのだと。そのように人間を創ったのだから、大丈夫だと言う。
けれどいくら四災のお墨付きであろうが、そうですかと信じられるわけがない。マモンも未だ半信半疑なのだ。ヨエルにはまったく理解出来ない話のはず。
「……ほんとう?」
「本当だとも。私が保障しよう」
ニヤリ、と四災は不気味な笑みを浮かべる。宥めようとしたのだろうが逆効果である。
ヨエルは四災の言葉に、ちらりと肉塊を見遣る。すぐにそれから顔を背けて、声もなく俯いてしまった。
それに何か言葉をかけるべきだが、何を言うべきか。マモンは躊躇してしまう。
――大丈夫だ。
――気にするな。
どれも四災が掛けた言葉と同じものしか出てこない。
この状況では、あの男の安否よりもヨエルの身の安全が第一なのだ。ヨエルには悪いが、非情にならねばならぬ時でもある。
『ヨエル……』
言い淀んでいると、そんなマモンを置いてヨエルは四災に話しかけた。
「あの……」
「なにかな?」
「しんだけど、しんでないって。さっき言ったけど……だったら、おじさんに謝りたい」
それが出来るか、とヨエルは四災に尋ねた。
「魂は君たち定命には知覚できない。私から伝えておこう」
「あ、ありがと」
「礼には及ばないよ」
四災の返答にヨエルはほっと安堵の息を吐いた。どうやら肩の荷が少し下りたようだ。
息つく暇もない急展開だったが、ここに来て少し余裕が見えてきた。後はこの場所からどうやって地上に帰還するかだ。
四災の手を借りるのが一番だが……安易に手を取っても良いものか。慎重に吟味しているマモンの視界の端で、何かが上から落ちてきた。




