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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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師の教え

 

 前を行くユルグの後ろでは、フィノが手に持った剣でバサバサと枝葉を斬り付けていた。


 自分なりに頑張ってはいるようだ。しかし、両手で支えてやっと持ち上げられるほどだ。重さに振り回されて狙った所に当てられるようになるまではまだまだ掛かるだろう。

 幾らフィノの覚えが良いからと言ってもこればっかりは、覚えてどうなるの話では無い。経験を積んでいくしか無いのだ。


 思えば、五年前村を出た当初のユルグもこんなだった。剣なんて一度も手に取った事は無かったし、力は今のフィノよりはあったが、それでもあの重さの鉄塊を振るうには苦労したものだ。


 さらに師であるグランツは、懇切丁寧に説明して教えてくれるタイプの人間では無かった。感覚で覚えろと随分な無茶を言うものだから、そんなのでは駄目だとエルリレオにくどくどと文句を言われていたのを覚えている。

 そんなだから、毎日のようにユルグはどこかしらに傷をこさえていた。身体中の傷跡は魔物との戦闘でついたものもあるが、大半はグランツとの試合稽古によるものだ。


 足を止めて、懐かしさに瞳を細めながらブンブンと剣に振り回されているフィノを見つめていると、その視線に気づいたのか。不意にユルグへと目線が動いた。


「なに?」

「いや、随分と間抜けなことをしていると思ってな」

「むぅ……がんばってるのに」


 微かに笑うと、フィノはいじけたように頬を膨らませた。

 酷いだなんだと小言が来るかと身構えていたら、フィノはじっとユルグの背後を見つめていた。


「ユルグ、あれなに?」


 不審に思う前に、フィノは人差し指をユルグの背後へと向ける。

 釣られて振り返ると、すぐ後ろには見たことも無い何かがいた。



 眼前に現れた生物は、奇怪な姿をしていた。


 雨林の景観と同化して見紛うほどに、深い緑色をしている。ずんぐりむっくりとした円いボディに、歪に生えた手足。腕の方が長く、猿のように地面に拳をつけて少し跳ねるように移動する。

 そして顔面がこれまた醜悪なのだ。目玉は草食動物のように横っ面に左右二つ。獲物を噛み砕くために備わったであろう頑丈な歯列は、腔内にしまうでもなく外気に晒されている。


 あれは十中八九魔物だろう。しかしあんなものはユルグもお目に掛かったことはなかった。なんと形容していいか分からないが――


「うえぇ、きもちわるい」


 フィノの率直な意見に、ユルグも同意を込めて頷く。

 しかし、特筆すべきはその形容では断じてない。


「……なんだ、こいつは」


 呟いて、目の前の魔物の不可解さにユルグは困惑した。


 ――ここまで接近されて、今の今まで気づかなかった。


 至近距離まで近付かれていたというのに、気配が一切感じられなかった。

 普段のユルグならこんなミスは犯さない。病み上がりで鈍っていたとしてもこれはあり得ないことだ。

 背に帯びていた剣の柄に手をかけて、忌々しげに歯噛みする。


 おそらく、気配を感じられないのではない。慣れてしまっていたのだ。


 最初、この雨林へと足を踏み入れた時に感じていた違和感。

 他の生物の気配が感じられない。そのことを不気味に思っていた。その原因をあの池の魔物のせいだと断じていたが、それが間違いであった。


 初めからこいつらはこの雨林に潜んでいたのだ。ただ、ここの外にいる生物よりも格段に、周囲に溶け込むのが上手かった。異常と言っても良い程に。特殊な環境がそうさせるのか、この状況では推察するのは憚られるが、独自の進化を遂げた魔物である。


 目玉だけを動かして周囲を探ると、既に目算で十ほどの数に囲まれている。走って振り切るのは不可能だ。何よりユルグの背後にはフィノが居る。ここで倒すより他はない。


 瞬時に決断して、鞘から剣を抜いたところでユルグは声を張り上げた。


「木の幹に背を預けてじっとしてろ!」


 ユルグの指示にフィノが返事をする前に、にじり寄ってきていた魔物が飛び掛かってきた。

 目線の高さまで飛び上がった体躯に、抜きがけの刃を振り下ろす。

 頸から腹の下――柔い箇所を切り裂くと温い鮮血が飛び散って、骸はそのまま地面へと落ちた。それを視認する暇も無く、続けて横薙ぎに振るう。


 しかし、魔物の体躯に当たった刃の感触は肉に斬り込むそれとは違った。

 なぜか刃が通らない。硬い物に打ち付けたといったような感覚はなかった。むしろその逆である。柔い上に、研がれた刃先でも滑るのだ。


 ユルグの追撃に、取り囲んでいた魔物たちは自ずと距離を置いた。それを見計らって、眼前から目を離すこと無くフィノの傍まで寄ると、改めて件の魔物を見遣る。


 魔物の体表にはぬらりとした光沢が見える。一見して水に濡れているのかと思ったが、先ほどの感触ではその推察は間違いであるだろう。

 おそらく、粘液か何かだ。それによって受ける摩擦を極限まで減らしている。


 珍しい形態である。

 この形を取っているのは、雨林の環境がそうさせるのか。奴らの天敵であると考えられるあの植物のような魔物を思えば、なるほど。理に適った進化だ。

 あのぬめり具合では、蔓で捉えようにも上手くいかないだろう。


 感心しているが、そんな余裕は今のユルグには無い。

 誰が見ても、この魔物との相性は悪いからだ。剣での斬撃は、初撃のように腹の下を狙わなければまず効かない。それ以外は先ほどと同様に弾かれてしまう。


「……ユルグ」


 背後からフィノの心細げな声が聞こえる。

 しかし、生憎と顔を見合わせている暇は無い。


「そこの木に登れ。荷物が邪魔なら捨てても構わない」


 視線を魔物から逸らすこと無く、ユルグはフィノへと言って聞かせる。


「んぅ、わかった!」

「上でじっとしてろよ」


 念を押して、ユルグは上段に剣を構えた。空いていた距離を詰めるように飛ぶと、魔物の背を目がけて剣先を突き刺す。

 渾身の突きは、刃を滑らせる粘液など物ともせず魔物の肉を突き破った。眼下で息絶えた獲物を視界の端に収めて刀身を引き抜くとすぐさま飛び退く。


 一瞬遅れてユルグのいた箇所に、魔物が吐き出したであろう粘液がばらまかれて、同胞の骸を溶かしていく。

 つくづく、この魔物とは相性が悪い。あれをまともに剣で受ければ即座に溶かされて使い物にならなくなる。


 さて――


 敵の残数を確認する。ユルグが切り伏せたのはさっきので二体目だ。残りは八。ただでさえ斬撃が効きにくい相手に、得手では無い突きの攻撃となると全て始末を終えるのには少しばかり手間取ってしまう。


 木の上には登ってこないだろうとフィノを樹上へ避難させたが、あんなところで縮こまっていては格好の的だ。奴らが放って置く謂われはない。なるだけ素早く処理しなければ。


 ――となれば、あれしかない。


 剣を片手に持ち替えて、腰の雑嚢から取り出したのは投げナイフだった。

 けれど、ただの投げナイフとは少しばかり趣が違う。これはユルグが自前で拵えた特注品だ。


 ナイフの持ち手――柄の頭にはめ込まれているのは小ぶりの魔鉱石である。こいつに魔力を通して敵に投擲すると、込められた魔力に応じてダメージを与えられるという寸法である。


 そんな煩わしいことをしないで、直接魔法をぶち込めば良いと思う者も居るだろう。お前は魔法が使えるんだから容易いだろうと、以前グランツにも言われた覚えがある。

 しかしただ魔法を使えるのと、実践で十分な威力の魔法を使えるのとでは同じ『使う』でも意味が違う。


 確かに、ユルグはどんな魔法でも扱える。しかし、本職のカルラやエルリレオと比べるとどうしても威力や精度で劣ってしまうのだ。これについてはユルグが未熟である事が関係しているのかもしれない。それか、勇者の素質を持ってしても限界値があるのか。


 とにかく、十分な集中を要していないと高威力の魔法は扱えない。それを補うための投げナイフである。

 もっともこれは、ユルグの立案では無い。カルラの口添えがあってのことだ。こと、攻撃魔法に関しては彼女の智見(ちけん)は凄まじかった。

 どうすればユルグが戦闘でも難なく魔法を扱えるか。本人でも窮していた事を、彼女はぴしゃりと言い当てたのだ。



『剣と魔法って相容れないのよ。突っ立って魔法使うのと、剣を振りながら魔法を使うの、どっちが難しいと思う?』


 ――うーん、後者かな。


『そう。目の前に敵がいてどうやって攻撃しよう、相手はどう攻撃してくる……なんて考えながら魔法を使うんじゃ非効率なの。集中が乱れると威力も弱くなるし、燃費も悪くなるし悪い事尽くめね』


 ――じゃあ、どうすればいい?


『集中できる状況や環境を作る。それが一番ね。魔術師が杖を持つのは、触媒の役割を兼ねているからなの。まあ、杖じゃ無くて木の枝とかそういう物でも良いんだけどね。見栄えの問題よ』


 ――……つまり?


『例えば、魔鉱石。あれ、魔法職の連中は使わないでしょ? 邪道だって言って。まあ、私もその口なんだけど、ユルグは他とは違うんだから決められた型に嵌まらずに自分のやりたいようにやったら良いんじゃないかなあ。あ、これアドバイスになってる?』



 ――などと、カルラは陽気に笑ってユルグの疑問に答えてくれた。


 魔鉱石は一般的に魔法職に就いている人間はほぼ使わない。魔法を込めて使うなんて手間だからである。しかし、それがユルグにはお(あつら)え向きだったのだ。


 集中できる状況や環境を作る。

 それを助力するのが、この魔鉱石があしらわれた投げナイフなのである。



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