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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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全ての願いの叶鳴者

 

 男は突然の事態に驚きながらもヨエルの姿を見て安堵の息を零す。


「ああ、一時はどうなるかと思ったが無事で安心したよ」


 男の言葉にヨエルは自然と距離を離す。彼がどうしてあんな事を言ったのか。ヨエルを想ってのこと、でないのは既に理解している。

 男は自分の任務のためにヨエルの身を案じているのだ。


「それで、ここはどこで目の前のこれはなんだ? 魔王と同じ姿をしているが……」


 たった今助けてくれたであろう者に不躾な眼差しを向ける男。

 しかし謎の獣はそれに気を悪くした様子は見られない。


「私は君たちの生みの親だよ」

「……はあ?」

「知らないのも無理はない。随分と昔の話だからね」


 獣の話は男にもヨエルにも意味不明なものだった。


 依然として彼の正体が掴めないまま、それは手のひらから二人を降ろす。

 降ろされた地面は、そこに立った瞬間かすかに輝き始めた。何か特別な鉱石でもあるのか、淡い緑色に輝く地面。しかし、それっぽっちの光では周囲の景色を明らかには出来ない。


 けれど微かに輪郭だけ捉えた穴底の景色は、とても奇妙なものだった。

 大穴の壁面には棺がびっしりと並んでいて威圧感が凄まじい。中に何かが入っているのか。それとも空なのかはわからない。


 ヨエルが立っている場所は、微かに盛り上がっている。どうやら大穴の中心にいるらしく、それの外に行くほどに勾配が下がっていく。

 そして壁面近くの地面には黒いヘドロが見えた。祠の内部にもあったものだ。地面を覆うようにあるそれは、中央の陸地を除いて地面を侵食しているように見える。


 キョロキョロと景色に目を遊ばせていると、不意に何かが上から落ちてきた。

 ――バシャン、とヘドロの中に落ちてきたのはまっくろな姿をした不死人だ。きっと地上から大穴に落ちたものだろう。


 あんな高さから落ちたというのに、不死人は倒れるでもなく起き上がった。その足取りは迷いなく二人の元へ向かっている。

 そして、それを皮切りに次々と不死人が上から降ってくる。


「おやおやおや。今日は本当に来客が多いね」


 獣はそれを見て呑気に笑っている。彼にとってはこの状況、特に驚くことでもないらしい。脅威でもなく焦った様子も見られない。

 でも生身の身体を持つ二人にとってはそうも言っていられない事態だ。


「クソッ、あいつら本当に厄介だな!」


 悪態を吐く男はこの状況に焦りを見せた。

 それもそのはず、逃げ場がない大穴の底ではあの不死人の大群をどうにもできない。地上では大穴に放り込めば事なきを得たが、その手段が封じられた今、死ぬ事のない不死人の相手はするだけ無駄なのだ。


 とはいえ、あの怪物たちが大人しくなってくれるわけでもなく。ヘドロの中を這って、少しずつ近付いてくる不死人に男は声を張り上げた。


「おい、お前!」

「なにかな?」

「こいつら、どうにか出来ないのか!?」

「できるよ」


 あっさりと肯定した獣に、男は更に詰め寄る。


「じゃあなんとかしろ!」

「構わないけど、それは私への願いということでいいのかな?」

「なんとか出来るならなんでもいい! さっさとしろ!」

「わっ!」


 ヨエルを手元に抱き寄せた男は獣に向かって吠える。

 男の返答に、それを聞いた獣は満足そうに笑みを浮かべた。


「承知した」


 獣は腕を伸ばすと迫ってくる不死人を鷲掴んだ。

 そうすると、不思議なことに手の中で暴れていた不死人は数秒の内にドロドロに溶けて消えてしまった。

 獣の手中からは消えた不死人の後に残った、まっくろなヘドロが零れ落ちる。


 驚いたことに彼の手に掛かれば、あの不死身の怪物でも殺せてしまうのだ!


「す、すごい……」


 目の前で起きている現象に度肝を抜かれたヨエルは、その光景を黙って眺めていた。

 ヨエルを捕らえている男もこれには驚いたようで、絶句している。


 そんな中、不死人を消してくれた獣はなぜか浮かない顔をしていた。


「円環に招かれないのはあまりにも不憫だ。可哀想に」


 不死人に対して憐れみを抱く獣は、それでも不死人を消すことに躊躇いはない。躊躇なく脅威を排除して、大穴の底には静寂が戻った。


「これで満足かい?」

「あ、ああ……助かった」


 獣の問いかけに、男は頷きを返す。

 そうして次はヨエルに視線を移した。


「それじゃあ、次は君の番だ」

「え?」

「なんでもいい。叶えたい願いを言うといい」


 突然の獣の発言に、ヨエルは面食らった。

 願いといわれてもすぐには思いつかない。そもそもヨエルの目的は父親に会うことだ。けれど今の状況でそれを望むのは何か違う気がする。

 マモンの安否も知れないし、それに先ほどの獣の発言も気になる。彼はヨエルの父のことを知っているようだった。


 まずはそれを聞くべきか。

 迷っていると、ヨエルを抱き寄せていた男が声を荒げた。


「そんなのはどうだっていい! はやくここから出してくれ!」

「構わないよ。でも君の願いはこの子の後になる」

「はあ? そんなこと言ってる場合じゃ」

「公平さは大事だ。それを蔑ろにすると、君たちはすぐに文句を言う」


 男を黙らせるように獣は顔を近づけた。

 至近距離で顔に吹き付ける生暖かい吐息に、男はその口を閉じた。


「それで、君の願いは何かな?」

「ぼく……ぼくは」


 ヨエルは必死に考えた。いま一番大事なことはなにかを。

 瞬間、ヨエルの脳裏に浮かんだのはマモンとフィノだった。彼らがこうして苦労しているのは、ヨエルが攫われてしまったからだ。

 助けに来てくれたフィノだって、いまどんな目に遭っているかわからない。マモンにだってたくさん迷惑をかけた。


 こうしてヨエルが男の手の内にある限り何も変わらないのだ。

 だから――願いを叶えてくれるという獣に、ヨエルは願ってしまった


「たすけて」


 か細く紡がれた声に、獣は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「承知した」


 ヨエルの願いを受諾した、その直後。

 少年の背後で、何かが潰れる音が聞こえた。それは肉塊を雑に押し潰したかのような湿った音。

 恐る恐る背後を見遣ると、そこには人間だった生き物の肉塊があるだけだった。


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