活路を見出せ!
四災の言葉にフィノは目を見開いて固まる。
驚きはした。けれど、彼が四災だと語るのならば不自然な点が多すぎる。
そもそも、彼らはこの大穴の底から出られないはずだ。何かしら策を講じてそれを可能にしているのかもしれないが……彼の発言をそのまま鵜呑みには出来ない。
それに魔法についても知っていた。ユルグの手記でも、フィノが出会った森人の四災も魔法については初見だったのだ。
この違いはどうにも納得がいかない。
「……あそこからは出られないはず」
「私の本体が外に出なければ良いだけだ。こうして話すには何の不都合もない」
彼の口振りからは別の身体を使えば良いとでも言いたげだ。これにはフィノも覚えがある。
確か、竜人の四災が似たような事をしていた。ユルグの手記に書かれていたのだ。
件の彼は肉体の再生能力に長けているから、新しい身体を作っていた。それと同じようなものかと考えたけれど……少し違うように思う。
「私の被造物である機人は私の手足も同然だ。感覚の同期も、意識の共有も可能。つまりあの穴底から出ずとも、私には何も問題はないというわけだ」
問題はない、と四災は言った。その言葉がなぜか引っかかる。
竜人も森人の四災も、どちらもあの場所から出たがっていた。結果的にそれぞれが出した答えは違うけれど、あんな場所に押し込められたくはないというのが本音だ。
けれど、この四災からはその意思が少しも感じられない。
自らがこうして自由に動ける身体を手にしているから、とも考えた。でも、そうであっても際限なくとはいかないはず。
極端な話……未来永劫、穴底に閉じ込められたとしても問題ない、と彼は言っているのだ。
「あなたは、外に出たくはないの?」
「出る必要を感じない。私の目的はあの場所であっても達せられる。そして私が求めているのは、このような不完全な存在などではないのだ」
こつん、と自分の身体を叩いて四災は言う。
……不完全な存在。
四災の言葉の意味を理解出来ないでいると、彼はそんなフィノをおいて続ける。
「故に、どうしてもあの魔王とやらが欲しいのだよ。呪詛のない世界にあのようなモノが存在するのは不自然だ。女神などというものが生まれたのが五千年前……いつあれが生み出されたのかは知らないが、少なくとも定命よりは長寿……もしかすると寿命は存在しないかもしれないな。ふっ、ははは! いいぞ! ますます私好みだ!」
腹の底からの哄笑に、フィノは話し合いなど無意味だと察した。
こうなればもはや、争うより他はない。
しかし、フィノがこれとやり合って勝機はあるのか。未知の相手、それも四災だ。上位者と呼ばれる彼らにただの定命が渡り合えるはずがない。
けれどこの状況、付け入る隙はある。
いくら四災といえど、彼の本体はこの大穴の底にある。つまり本来の力を行使出来ないということだ。
見たところ今の彼の身体も、彼が創り出したという機人のもの。少しばかり頑丈だと言っても壊せないはずはない!
直後――フィノは脇目も振らずに石扉へ向かって駆けだした。
襲いかかってくる不死人をかいくぐって祠の外を目指す。
奴と戦うにしても今居るこの場所では分が悪い。一対一が望ましく、きっとそれはあの四災も同じ考えだ。
だから、そう。彼はフィノを追ってくる。
「良いだろう。暇つぶしに付き合ってやろう」
四災は不敵な笑みを浮かべると、群がってくる不死人を投げ飛ばしながらフィノを追ってくる。
それを背後に捉えて、フィノは祠の外に出た。
先ほど降っていた雨は既に上がっていて、見慣れた雨林の景色が広がっている。
それらに目を向けながら、フィノは足を止めずにその中を駆け抜ける。
あの純銀の身体は魔法が効かない。高威力の魔法弾でも傷一つ負わなかったのだ。となると、フィノが出来る戦法は一つに絞られてくる。
つまり、破壊ではなく無力化。上手く罠に嵌めて動きを封じられれば最高だ。けれどあの怪力では物理的な拘束など無意味になってしまう。
「どうすれば……」
こればかりは一朝一夕にとはいかない。しかし、悠々と対策を取らせてくれるほど、相手も甘くはないのだ。
「なぜ逃げる? まだ見せていない手もあるのだろう? それとも、万策尽きたか?」
不死人をものともせず、四災はすぐさまフィノへと追いついた。
一足飛びでフィノの面前へと立つと、行く手を塞がれたフィノは立ち止まるより他はない。
「だとしても無様に抗ってこそ、矮小な定命には相応しい。それが出来たのなら努力だけは認めてやろう」
侮り、嘲りの言葉にフィノは無言を貫いた。
けれど彼の慢心はこちらにとっては有利に働く。加えて魔法を知っていた機人の四災。知ってはいるがそれほど詳しくはないのだろう。
それに、フィノが考えるにあれは――向けられた攻撃を避けることは絶対にない。




