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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第三章
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交渉

 

 フィノには(ことごと)く、邪魔をされる。それを鬱陶しく思っていながらも、彼女の気持ちが分からないユルグではなかった。

 誰だって、自ら進んで破滅の道を選ぶ人間が目の前に居るなら止めるだろう。それが親しい間柄である者なら尚更である。

 しかし、だからといってそれを許す訳にはいかないのだ。


 既にユルグの決意は固まっている。部外者に何を言われたからといって変えるつもりなど無い。

 本当ならば、あんな話をするつもりはなかった。しかし、他よりも物を知らないからか。フィノは時折鋭い指摘をする。堪えれば良いものを、それに神経を逆なでされて事を荒立ててしまった。


 先のあれは顔を顰めたくなるほどに醜悪な、八つ当たりである。

 何よりもユルグは自分を許せないのだ。国王に死刑を宣告される以前に、さっさと死んでしまえと自らを呪っていた。


 けれど、どうあってもそれは出来なかった。どれだけ生に執着がなくとも、ユルグは生かされたのだ。それを無為に散らすことなどあってはならない。そんなことをしてしまったら、ユルグの師であり、大事な仲間であった彼らに合わせる顔が無い。だから、せめてそこに意味を見出すべきだと考えたのだ。

 そのために、自ら死地へと赴くのだ。その決断は誰だろうと折ることは叶わない。例え、幼馴染みであるミアがフィノと同じ事を言って留めようとしても揺らぎはしないのだ。



「休憩は終わりだ。行くぞ」

「まって」


 立ち上がったユルグを、フィノが留めた。

 何事かと視線を向けると彼女は思ってもみないことを言い出したのだ。



「――弟子にしろ、だって?」


 驚愕の色を浮かべて問い質すユルグに、フィノは大仰に頷いた。

 それにどうするべきかと頭を悩ませる。


 フィノには、色々と手解きをするつもりではあった。ユルグが彼女の前から消えた後でも憂い無く生きていけるようにと。

 しかしそれは文字や常識などの生きていく上で、これさえ覚えていれば問題ないというものに限りだ。

 戦闘技術や荒事などは教えるつもりはない。しかし、フィノの言う『弟子』とはきっちりとそのことを指しているのだ。


「断る」

「なっ、なんで!?」

「戦い方なんて、覚える必要は無いからだ」


 それらを覚えるということは、誰かを害することに繋がる。それが人間でも魔物でも動物でも。一度覚えてしまえば、それをもって戦うという選択肢が出来上がる。それは即ち危険と隣り合わせになるということ。

 もちろん自分の身を守る防衛手段にもなり得るが、それが必要になる場面なんてそうそう無い。今はこうしてユルグと旅をしているが、普通に暮らしていく中ではこんな経験をする方が稀である。


「そんなことない!」


 しかし、フィノは頑なだった。

 真っ直ぐに見つめてくる藍色の瞳を見返して、意思は固いのだとユルグは嘆息した。

 ここで言い争いをしているわけにはいかない。けれど、この状態のフィノを説き伏せるには困難を極める。


「そこまで言うなら、これを持ってみろ」


 言って、ユルグはフィノへと背負っていた剣の一本を渡す。

 手渡されたそれを受け取るフィノだったが、予想以上の重さにユルグが手を離した直後には、剣先が地面へと突き刺さっていた。


「うっ……おもい」

「それを振るえなきゃ話にならないんだ。分かったろ」


 ユルグの持つ剣は、刀身が長いロングソードの類いである。剣を初めて握る人間には、剣先を持ち上げて構えるだけでも腕が悲鳴を上げる。初心者向きの刀剣ではないのだ。


 しかし、フィノは諦めなかった。


「これ、ちゃんともてたら、でしにしてくれる?」


 随分と食い下がる。それほど、フィノは必死だった。


 何を思っての弟子にしてくれの交渉なのか、ユルグも薄々感づき始める。フィノはユルグが無理だと言った事象をなんとしても、結実(けつじつ)させたいのだ。もちろん、その理由はユルグを死なせないためである。


 ユルグにしてみればなんとも鬱陶しい限りではあるが、ここで言葉を尽くしてもフィノは是としないだろう。

 だったら――と、ユルグは意地の悪いことを告げた。


「良いだろう。ただし条件がある」

「じょうけん?」

「ここを抜けるまでにそいつを振るえたら、弟子にしてやるよ」


 ――無理だろうけどな。


 嘲笑うように笑みを浮かべて、ユルグは言い放った。


 ただでさえ、雨林を行くのは体力を使う。その上、フィノは荷物持ちを兼ねている。そこへ結構な重量のある剣を加えるなら、それなりに堪えるはずだ。

 もちろん、着いて来られないからといって歩く速度を落とすなんて真似はしない。なによりユルグの提示した条件に、フィノは迷いもなく頷いたのだ。


「んぅ、わかった」


 即断であった。

 かなり厳しい条件を課しているのに、フィノはその事には文句を言わない。分かったと言っているが、本当に分かっているのか疑問である。


「遅れるようなら置いていくからな」

「ユルグにいわれたくない」


 痛いところを突かれて、今ほど嵌めた仮面の奥でユルグはフィノを睨み付けた。

 随分と生意気を言うようになったじゃないか。

 ユルグにだって意地はある。ここまで言われたら、何が何でもフィノより先にへばるわけにはいかない。


「それ、ひつようないよね」


 仮面を嵌めたユルグに、フィノが口を出した。

 ここでは人目を気にする必要は無い。何より視界も狭まるし、外していた方が良いのだがそうできない理由があるのだ。


「お前は俺が笑うと煩いからな」

「んぅ、ほめてるのに!」

「それが鬱陶しいんだ」


 多少は縮まったように見えた距離も、また元通りになったような気がする。しかし、ユルグにとってはこちらの方が都合が良いのだ。馴れ合って、絶対に無理だと否定した事態に陥っては困る。


「ほら、さっさと行くぞ」


 無駄口を叩くなと、ユルグは先に歩き出す。

 その背後を抜き身の剣を携えたまま、覚束ない足取りでフィノは着いてくる。

 随分と危なっかしい様子に目端でそれを確認して、ユルグは正面を見据えて雨林の中を進んでいく。

 この調子だと根を上げるのに、そう時間は掛からないだろう。




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