またとない好機
サブタイトル変更しました。
声も無く驚愕しているヨエルを余所に、純銀は淡々と語る。
「プロト・マグナは魔王に興味がある。それ即ち、その依代となっている者も同義。ならば、君に助力するのもやぶさかではない」
「ぼくのこと、助けてくれるの?」
「そうだ。それが目的を達する、一番の近道だと判断した」
ヨエルには彼の言っていることの半分くらいしか理解出来なかった。
けれど、敵対するつもりはないようだ。どうやら彼にも大事な目的があってそれを達成したいみたいだ。だからヨエルに協力すると、そういうことらしい。
「ばっ――ふざけるな! そんなこと許されるとでも」
「プロト・マグナの邪魔をするなら排除する。お前一人の相手など容易い」
「ぐ……っ、クソが!」
悪態を吐いて男は黙り込んだ。
やけに素直に引き下がるのは、彼ではどうしようもないとわかっているからだ。
横槍を入れてきた男を完全に無視して、純銀――プロト・マグナは外を眺める。
「雨が止んだら出発する」
「……どこにいくの?」
「雨林に存在する大穴の最奥だ」
彼の説明を聞いてもヨエルにはそれが何なのか。いまいち判然としない。それでも記憶を掘り起こすとある事に思い至った。
「それって、フィノが行くっていってたところかな」
確か……フィノの大事な用事に関係している場所だったような気がする。
難しい顔をして考え事をしていると、先ほどまで沈黙を貫いていた男が口を開いた。
「おい、やめといた方がいい。死にに行くようなものだ」
「なんで?」
「なぜって……危険だからだよ。あの場所には近付かない方が賢明だ。そこの魔王だって同じことを言うはずだ」
男の忠告にヨエルは思案する。
男の忠告通りに危険な場所ならば、マモンに一言も相談なしに行って良いものではない。一度彼にも相談してからどうするか決めた方が良さそうだ。
そうと決まればと、ヨエルは腕の中で眠っているマモンを起こす。
「マモン、起きて」
『なんだ……何かあったのか?』
大きな欠伸を零して起きたマモンは、腕の中に収まった状態でヨエルを見上げた。
「ぼく、おとうさんに会いに行くんだ」
『……はあ? なにを……っ、――おまえ!』
おもむろに周囲を見渡したマモンは、傍にいる純銀に気づいて叫び声を上げた。
慌てたせいかヨエルの腕から落っこちてもがくも、すぐさま起き上がると唸り声をあげる。
『なぜここにいる!?』
「安心しろ。敵意はない」
『そんな戯言、信じられるわけがなかろう!』
黒犬の姿のまま威嚇するマモンに、プロト・マグナは酷く落ち着いている。
それもそのはず。彼には本当に敵意は無いのだ。むしろ、ヨエルに協力してくれるというのだから、どちらかと言えば味方である。少なくともヨエルを攫った男よりは信用出来る。
ヨエルは警戒しているマモンに説明するが、なかなか信用してくれない。
『ううむ……にわかには信じがたいが』
「大丈夫だよ!」
『だがなあ……そもそも、そやつの話も怪しいものだ』
死者に会えるなどと、眉唾も良いところである。二千年生きてきたマモンでさえもそんな話は聞いたことは無い。
四災とやらの協力もあれば可能なのかもしれないが……だとしても、あの大穴の底に向かうというのだ。そんな危険な場所にヨエルを行かせられない。
『……ダメだ。それだけはやめなさい』
「うっ……いやだ!」
『こんな状況で我儘を言うな! せめてフィノに任せるなり、しっかりと安全だとわかるまでは行かせられない!』
揉めている二人の間に、横槍を入れたのは提案者本人だった。
「道中の安全は保障しよう。ただし、大穴の底の最奥までは共にはいけない。正規の入り口ではないからだ」
彼の話はこれまた難解を極めた。説明不足なうえ、突拍子も無いからだ。
『……どういうことだ?』
てっきりマモンはこの純銀の主であろう四災の元に行くのだと考えていた。しかし、今の彼の口振りではそうではないようだ。
そもそも彼の正体も確信していない。存在自体不明瞭な相手にホイホイ着いて行って良いものか。
そんな不安を余所に、プロト・マグナは続ける。
「あの大穴の入り口は一つではない。通じている場所は二つある」
『ふむ……確か、フィノもそう語っていたか』
森人の四災の話と、彼が語る話は合致するものがある。ということは、信憑性は高いとみて良いだろう。
そうなるとヨエルを導こうとしている場所がどこの誰の元であるかも、必然的に割り出される。
『つまり……つまりだ。お前が示した場所は、竜人、森人、機人……それ以外の残りの四災の元で間違いは無いな?』
「そうだ。だから無人でなければ辿り着けない」
もちろんその者の場所へ行く正規ルートは存在する。それがルトナーク王国にある虚ろの穴だ。
けれど奴の元へはそれ以外にも辿り着ける方法があって、プロト・マグナはそれを示しているのだ。
『そうか、そういうことか……』
マモンにとってもこれは願ってもないことである。
意図せず探していた人物に会える運びとなったのだ。順当に手順を踏めば更に時間が掛かるところを、ヨエルと共にならば辿り着ける。
これはまたとないチャンスなのだ!
『そこまで行くのにどんな脅威がある? この子の身の安全は保障できるのか?』
「底に至るまでの護衛は可能。しかし、最奥までは共には行けない。そこがどうなっているかも不明だ」
『……ふむ』
少なくとも、この場所から祠までは安全に向かう事が出来る。それを確約してくれるのは非常に大きい。
そこから先、大穴の最奥に行くにはマモンがヨエルを守ってやらなければならない。
大穴に行けば瘴気を取り込むことでマモンの力も回復するだろう。もちろん、ヨエルに影響がでない程度に留める。
自在に動ける身体があれば、多少の無茶も利くわけだ。
『わかった。行ってみよう』
「ほんとう!?」
『だが、危険だと判断した場合はすぐに戻ってくる。それでいいな?』
「うん!」
マモンの許諾にヨエルは嬉しそうに顔をほころばせて、足元に居る黒犬を抱き上げた。
もちろんその前にフィノと合流できれば、それに越したことはない。とはいえ、腹を括った以上マモンも覚悟は出来ている。
期待と不安を感じながらプロト・マグナの案内に従い、未知の領域へと足を踏み入れるのだ。




