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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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曇天、未だ晴れず

 

『――う、おおっ!』


 呆気なく拘束は解かれてしまい、マモンは無様に背中から地面に倒れた。

 しかしいつまでも寝そべっているわけにはいかない。瞬時に起き上がったマモンに――しかし、目の前のそれは追撃をしてこない。


『……っ、なんだ?』


 突っ立ったままの相手を見据えて、マモンはあることに気づく。

 先ほど背後から羽交い締めにしたときも気にはなっていた。


 奴の身体には奇妙な模様があるのだ。それはまだら模様で赤黒く、乾いてこびり付いた血液のようにも見える。

 元はあの身体も鈍色(にびいろ)ではなく、純銀(じゅんぎん)のように輝いていたのだろう。それが何をしたのか、あんなにも汚れてしまって……まるで血濡れのようだ。


 注意深く様子を探っていると、それはブツブツと独り言を話し始めた。


「失念していた。呪詛ならば単一では存在できない。依代が必要だ」


 とうに奴の興味はマモンからは逸れてしまっているらしい。というよりも、興味は薄れていないが相手にする理由が無くなった、というのが正しい。

 なんせマモンは不死身である。痛みも感じなければどれだけ攻撃を加えても傷一つ負わないのだ。であれば相手にするだけ無駄というもの。


 そのことに奴も気づいたのだろう。

 対峙していたマモンから距離を置くと、さらに独白は続く。


「なれば……あの人間のどちらかがお前の依代だ」

『さて、どうだろうな』


 ここで馬鹿正直に話すメリットはない。こんな怪物に襲われたらば、あの男でも一瞬で肉塊に成り果てるだろう。いわんやヨエルなどひとたまりもない。

 だから、コイツは絶対に彼らの元へは向かわせてはならないのだ。


「なぜ答えてくれない? プロト・マグナはお前と同じだ」

『……同じだと?』

「似たもの同士、とも言う」


 会話は成り立つが、意味がわからない。

 敵意は無さそうに見えるが、マモンには彼が何を伝えたいのか判然としなかった。

 なんとか意図を汲み取ろうとしているマモンに、それは淡々と話を続ける。


「だが未だ不完全な存在。そこが唯一、お前との相違点だ。一度排除したものを、獲得し理解しなければ完全な存在には成り得ない」


 奴はマモンを指して、完全な存在だと言い放った。当然、そんなことを指摘される謂われはないわけだ。


「ゆえに、定命のなかでお前が一番近しい。どうやってそれを手に入れた?」

『……なんのことだ?』


 マモンにはついに奴が何を言っているのか理解出来ずにいた。

 話が一方的過ぎるうえに脈絡も無い。まるで延々と謎かけをされているみたいだ。しかしそれが無意味であると断ずるのは早計にも思う。


 言葉の真意を読み取れば、奴が何を伝えようとしているのかわかるはずだ。けれど残念ながら今はそんなことをしている余裕は無い。


「答えてくれないなら、仕方ない。不死身の呪詛ならばその依代も同じ。追いかけて肉塊になればすぐにわかる」


 やけにはっきりと聞こえた声音は、物騒な事を口走った。

 固唾を呑んだマモンの眼前には、これまた奇妙な現象が起きていた。


 今まで閉じたままだった鉄仮面が口を開けるように裂けたのだ。そこからは尖った歯列が覗き、赤い肉片がこびり付いている。

 何の肉か知れないが……どうにもあれはマモンと違って、糧を必要とする生物らしい。もっともあれを生物と形容して良いものか。マモンにも判別がつかない。

 しかし、確実にマモンと比べても似ても似つかない生態をしているのは確かである。


『このまま黙って行かせると思うか?』


 行く手を塞ぐように立ち塞がったマモンに、それは応戦の意思を見せる。

 しかし、マモンも然り。依然正体が知れないこの鈍銀相手に有効打は存在しない。なんせ先ほどの背後からの奇襲も、まるで利いていないのだ。


 マモンは手加減などしていなかったし、生物ならば確実に殺せていた威力だった。それを受けて尚、平然としているのだから目の前のこれはやはりマモンと同類の何かと見て良さそうだ。




 両者、相手の出方を伺って睨み合っていると、次第に暗雲が立ち込めてきた。それは瞬く間に豪雨となり降り出した雨粒は勢いを増し無機質な身体を濡らしていく。


 マモンにとってはどうってことない状況ではあるが、奴にとってはあまり良くはなかったのだろう。

 それはマモンと対峙しているにもかかわらず、全ての警戒を解いて雨が降り出した空を見上げた。そして、降参するかのように諸手を挙げたのだ。


「どうやらここまでのようだ」

『……なんだと?』

「今は撤退するとしよう」


 ひとりごちて、それはゆっくりと振り返ると呑気に来た道を戻っていく。心なしか先ほどと比べて身体の動きが遅い。

 何が起こったのかわからないが、この状況が奴の不都合になることは明らかだ。


『いったい何なのだ?』


 去って行く後ろ姿を眺めて、マモンは呆然と呟く。

 一応、脅威は去ったように思う。しかし根本の解決には至らず、奴がなぜ撤退したのかも何もかもわからず終いだ。


 ――降り出した豪雨は未だ止む気配はない。


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