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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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正体不明の鈍銀

 

 男が足を止めたのを見て、ヨエルとマモンも立ち止まる。

 彼の背中越しから前を見据えると、そこには奇妙な人影が立っていた。


 その姿は頭から爪先まで鈍色の鎧が包んでいる。一見すると人間のようだが、格好は他とは明らかに違っていた。

 アルディア、デンベルク両国の兵士ではない事は明らかだ。


「……なんだお前は」


 謎の人物の登場に男は警戒を強める。

 相手の所在を確かめる問いは――しかし、目の前のそれは終始無言を貫く。順繰りに二人と一匹を見据えているだけだ。

 けれどこちらの言葉は通じているようで、問答無用で襲ってくるような素振りはない。


「まあいい。どこの誰かは知らないが、俺の邪魔はしないでくれると助かる」

「邪魔?」

「この子供を連れて行かなくちゃならない。こんな物騒な場所に長居はしたくないんだ。アンタに構っている時間はないんだよ」

「それは困る」

「――あ?」

「プロト・マグナもそれを探していた。連れて行かれると困る」


 無機質な声音で、それは男の背後を指差した。

 まっすぐに指し示したものは、ヨエル――ではなく、マモンだ。


 思ってもみない展開に、男は一瞬呆気に取られる。まさか自分以外に魔王を探している勢力がいるとは思わなかったからだ。そしてそれはマモンも同じだった。

 何の目的があってそんなことをしていたのか。見当も付かない。そして願ってもいないこの状況、どう立ち回るのが正解か。


 しかし結論を出す前に均衡が崩れた。


「譲渡しないのならば、力尽くで奪取するまでだ」

「そうかよ。出来るものならやってみろ!」


 男は声高に煽ったかと思えば、突然ヨエルを抱き上げて右方へと走り去っていった。


『――っ、ヨエル!』

「悪いようにはしない! お前はそいつの相手をしてろ!」


 脱兎の如く逃げ去っていく男は去り際にマモンへと実に身勝手な命令をする。

 おそらく正体不明のこれを、相手にするべきでは無いと判断したのだろう。そして彼の戦略は悪手ではない。


 目の前のそれは、去って行く二人には目もくれずマモンだけを見つめていた。顔は見えないが確かに感じる視線。それは今まで度々感じていたのと同一のもの。おそらく、マモンを監視していたのは彼だったのだ。

 どんな方法を使ったのかは知れないが……それだけわかれば十全。迷うこと無く敵であると判断出来る。


 目の前のこれはマモンがどういうものかを知らないのだろう。知り得ていたのならば、迷いなくヨエルの方を追ったはずだ。


『指図されるのは癪だが……仕方ない』


 不満げに愚痴をこぼすと、マモンは黒犬から鎧姿になった。

 この状況、理想は三つ巴。上手く誘導してあわよくばヨエルを救おうと考えていたが、目の前の相手が彼らに興味を示さないのならばどうしようもない。


 不本意ではあるが、あの男は無意味にヨエルを危険な目に遭わせることはしないはずだ。ならばここは彼らが逃げるまで時間稼ぎに徹する他はない。


『お前は己を捕らえてどうするつもりだ?』

「自我を形成した呪詛は初めて目にする。とても興味がある」

『……呪詛だと?』


 今の時代では聞き慣れない言葉。それを知るのは限られた存在だけのはずだ。

 つまりこの鈍銀は四災に関係があるということ。


「プロト・マグナを含め、私たちは未だ不完全な存在。更なる進化が必要だ」

『よくわからんが……見逃してはくれなさそうだ』


 言い終わるや否や、敵は凄まじい脚力を持ってマモンに接近してきた。

 両者の距離は十メートルほど。しかし、それを一瞬でゼロにしてしまう。


 明らかに人間離れした動きに、一瞬反応が遅れたマモンは鉄腕から繰り出される殴打に腕を組んで防御の構えを取った。


『――っ、グッ!』


 痛みを感じることが無いマモンが、呻き声を上げる。それは敵の殴打が防御した腕を軋ませ、あり得ない程の力でマモンの身体を殴り抜いたからである。

 衝撃で微かに身体が宙に浮いて、ゼロだった両者の距離が開けた。


 踏ん張りが利かないほどの力だ。それをあの細身から繰り出す。おそらくマモンよりも馬力がある。

 あんなものを生身の人間や生物がくらってしまえば、瞬く間に肉片に変わってしまうだろう。


 正面からやり合うのは不利だと考えたマモンは、再び開いた距離を利用して相手の視線から外れるように大木の影に入った。

 視線が切れたのを確認したら、鎧姿から黒犬へと変わる。この姿ならば、鬱蒼とした雨林の中ではマモンの姿を捉えるのは至難の業だ。


 それを利用してマモンは迅速に敵の背後を取る。

 彼が考えた勝算は、相手の背後から拘束して締めて落とす。これが一番手っ取り早いと判断した。

 意識を落としてしまえばどんな生き物でもひとたまりもないからだ。



 気づかれないように背後を取ったマモンはすぐさま黒犬から鎧姿へと戻ると、羽交い締めにする。

 万力のように凄まじい膂力で首を締め上げる。


 その瞬間、マモンは明確な異変を感じた。

 鈍銀の体躯はやけに軽いのだ。生物の重みを感じない。息づかいさえ皆無だ。まるで中身の無い鎧を相手にしているようである。

 しかしこの鈍銀には確かに意識がある。会話も成立する。生物でなければおかしい。


 もしかしたらマモンと同じ呪詛である可能性もあるが……そうであったのなら、僅かでも瘴気の片鱗をかぎ取れるはずである。けれど、それも一切感じない。


 何がなんだかわからず困惑しているマモンを余所に、それは首を絞められているにもかかわらず、首元にあるマモンの腕を掴んだ。

 そしてそのまま、二メートルもあるマモンの巨体を軽々と背負い投げたのだ。


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