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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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ある兵士の証言

 

 その男は、戦争の最前線に送られた新兵だった。


 ここスタール雨林での戦闘は、敵兵との小競り合いはあまりない。彼らが剣を交えるのは雨林に生息している魔物相手が多い。

 そしてそれはデンベルク兵も同じである。どうやら彼らも魔物相手に苦戦を強いられているらしく、中々こちらまで攻めてくることはなかった。


 とはいえ、関所の守りは堅く国境を跨いでいるスタール雨林を行軍する方が被害を抑えられるのはどちらにとっても同じである。だからこそ、ここを抑えられた方がこの戦争の主導権を握れるというわけだ。


 しかし新兵の彼にはそんな小難しい事を考えている暇は無い。毎日戦地に送り込まれ、決して弱くはない魔物の相手をする毎日。おかげで戦闘経験ばかりがついていく。

 この戦争が終わったら転職して冒険者として食っていくのもアリかもしれない、なんて思い始めた頃のことだった。



 スタール雨林攻略の折に、指揮官から念を押されている事が一つある。

 それは雨林の奥にある祠には決して近付いてはいけない、というもの。どうしてなのか、理由は教えてくれなかったが、わざわざ広大な雨林の中を進んでそこに近付く者などいない。魔物だって至るところに湧き出てくるし、よっぽどの阿呆でもない限り心配は無用だと男は高を括っていた。


「まずい……迷ってしまった」


 嫌な汗をかきながら男は雨林を彷徨っていた。

 魔物の相手をしていて、気づいたら隊列から外れていたのだ。きっとそんなに離れていないはずだと歩いていたらますます迷ってしまい、取り返しのつかないところまで来てしまった。


 せめて方角がわかれば帰り着く算段もあるのだが……頭上を覆うように生い茂った木々によって太陽の位置が掴めない。これでは隊に戻るのは至難である。

 どうにかしようと歩き続けていれば、目の前にあるものが見えた。


「あれは……祠だろうか?」


 いきなり開けた場所に出たと思ったら、目の前には古びた建造物が建っている。おそらくこれが指揮官の言っていた、近付いてはいけない祠なのだろう。

 けれどあんな仰々しい物言いをしていた割には、ただの古びた祠である。恐ろしい雰囲気も感じない。


 祠の入り口である石扉から数歩、距離を取って観察していると不意に石扉が内側から動いた。

 人ひとりが通れるくらいの隙間から現われたものに、男は固まったまま絶句する。



 ――突如、目の前に現われたそれは全身、鎧姿の人だった。少なくとも男にはそう見えた。


 それは外の様子を確認するように石扉の隙間から顔を覗かせると、直後に男の存在に気づく。

 男も気づかれた事を察知して慌てて去ろうとするが、それよりも前に正体不明のそれは男へ話しかけてきた。


「誰だ?」

「う、おっ……おれは、迷ったんだ。隊列を離れてしまって……それで歩いていたらここに」


 問われた事への返答をしているだけなのに、なぜか男は怖気が止まらなかった。どうにも目の前のモノからは異様な圧を感じる。

 見た目は人と遜色ないのに、その内側に何か得体の知れないものが潜んでいるような、そんな気配がするのだ。


 微妙に答えになっていない返答を聞いて、それは沈黙した。

 数秒の後、腕を上げると男の真後ろを指差す。


「東へ行け」

「えっ!?」


 それが指差した方向を振り返って男は呆気に取られた。

 目の前のこれは隊がどこにあるのか、知らないはずだ。男が帝国側の兵であることも、知らないはず。

 そこまで情報を与えていないし、たったあれだけの会話で男の意図を察するなんて不可能に近い。


 まるで、今まで全て見てきたかの物言いである。



 困惑している男を置き去りにして、それは祠の内部に引っ込んでしまった。

 そして男は礼を言わないまま、それに言われたとおり真後ろを向いて歩き出す。すると、一時間後には隊列に戻れていたのだ。


「あれは何だったんだ?」


 奇妙な出来事に遭遇した男は、それを指揮官へ話した。

 すると指揮官は驚きながらそれはあり得ないと言う。あの場所に人がいるわけもないし、魔物ならともかく人と同等の知能を持つ存在がいること自体おかしい。


 一番現実的な予想を立てるならば、敵兵であるというのが妥当である。

 しかしそう考えるならば、男が敵兵であることは瞬時に察したはずだ。それで生かして帰すのはあまりにも不自然。



 不思議な存在を脅威と見なした指揮官は、祠の調査を決断する。不確定要素を残したままでは、戦況に影響すると考えたのだ。


 ――それが、最悪を呼ぶとも知らずに。


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