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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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勇み足を止めて

 

 ――翌日。

 帝都を発った二人はデンベルクとの国境付近にある街、メルテルへと向かう。


 フィノはそこからスタール雨林にある虚ろの穴に向かうつもりだ。しかし流石にそこまではヨエルを一緒に連れて行けない。フィノが戻ってくるまでヨエルにはマモンと街の宿屋で留守番をしてもらうことになる。


 約一日掛けてメルテルの宿屋へと辿り着いたところで、ヨエルとマモンにそれを話すとヨエルは渋っていたけれどなんとか説得は出来た。


「本当はアリアの言ってたデンベルクの密偵のこと、解決してからの方がいいだろうけど」

『うむ、そうさなあ……何か仕掛けてくるとしたらフィノが離れている間が一番と考えるだろう』


 ヨエルに抱かれているマモンもフィノと同じ懸念を抱いていた。

 難しい顔をして唸る二人に、それを見たヨエルは胸を張って応える。


「知らない人についていかないから、大丈夫だよ!」

『ヨエル……そういう問題ではないぞ』

「ええ? じゃあどういうこと?」

『気をつけていても襲われたらどうしようもないだろう』

「じゃあマモンが守ってよ」

『……っ、それは善処するが』


 ヨエルの鋭い指摘にマモンは口籠もった。

 彼が断言しないのは、自分にヨエルを守れるだけの力がないことを自覚しているからだ。昔のように敵対者を圧倒できる力が今のマモンには無い。

 少しでも瘴気を吸収出来たならそんなことに悩まずに済むのだが、ヨエルの事を想えばそんなことは出来ない。マモンにとってそれは本当の最終手段なのだ。


「なんだか心配だなあ」


 二人のやり取りと見て率直な感想を述べるフィノだが……とはいえやはり一緒に連れて行くことは出来ない。

 今回むかうスタール雨林は、環境も過酷だけどそれよりも襲ってくる脅威の底が知れないのだ。


 戦争相手のデンベルク兵に、正体不明の第三勢力。他にも雨林に潜んでいる魔物。どこから現われるかわからないそれらに対処しながら子供を守り抜くなんて、流石にフィノでも難しい。

 今更ながらアリアンネから提案された護衛の件を断ったことに、フィノは後悔した。自分はいいが、ヨエルの傍に着いてくれればこんなに心配事が増えることもなかった。


 しかし、今更後悔しても遅い。ないものは仕方ないのだ。手元にあるものだけでどうにかしなくては。


「そういえば前言ってた視線のことなんだけど……ここまで来る間、私もヨエルも何も感じなかった」

『ううむ……気のせいではないのだが』


 マモンが感じた視線の主を、フィノはデンベルクの密偵のものだと考えた。現状ではそれ以外に容疑者が思い浮かばない。そしてここまで来る間に、一度もそういったものには遭遇していない。

 だから大丈夫、というのは楽観的過ぎるかもしれないが……不安を一つ解消できたのは大きなことだ。


「少し様子見したいから、出発は明日にするね」

『うむ、それが良さそうだ』

「じゃあ、今日は色々みてまわろうよ!」

『遊びで来ているのではないのだぞ』

「ええーっ! 少しくらいいいじゃん!」


 騒いでいる二人を放置して、フィノは窓の外を見遣る。

 街並みは以前来た時と変わりないように見えるが、この場所を補給地点としているのだろう。道行く人は帝国兵が多いように見える。それにやはり少し活気がないようだ。戦況が芳しくないのかもしれない。


 アリアンネもここを奪取出来ればもう一息だと話していた。ということは、スタール雨林の戦場がこの戦争の要でもあるのだ。

 フィノはそれに協力してやれないが、アンビルの街を脅かしていた魔物の襲撃を解決出来た。これであちらに割いていた戦力を本命に当てられる。少しずつ戦況は良くなっていくはずだ。


「――フィノ!」


 考え事をしていると、ヨエルがフィノの手を取った。

 どうしたんだと振り返ると、ヨエルはふくれっ面でマモンは困り果てた顔をしてベッドの上にいる。


「マモンがわがまま言うなっていうんだ!」

『フィノは忙しいのだから、困らせては可哀想だろう』


 いつの間にか二人の仲には亀裂が入っていた。


「ううーん……」


 これをどうやって宥めようか、フィノは腕を組んで思案する。


 マモンの言い分もわかる。けれど、ヨエルは何もわがままを言っているわけではない。

 二人でここまで旅をしてきたからこそ、フィノにはわかるのだ。ヨエルは文句も言わずフィノの言いつけを守ってくれている。

 二人でいる時なんて特にそうだ。勝手にどこかに行ったりしないし、何かしたいと思っても、ちゃんとフィノに許可を取ってからする。

 ヨエルがこうやってハメを外すときは、安全な街中だけだ。


 マモンはそれを知らないから、フィノに迷惑が掛かると思っている。しかし、フィノにとってはこんなのは迷惑の内には入らない。むしろ子供らしい無邪気さで健全なことだと感じる。

 それにせっかく初めての場所に来たのだ。出発は明日だし、時間もある。これでどこにも行かず部屋に籠もっていろというのは少々酷である。


「そんなに心配しなくてもいいよ」

『だがなあ……』

「ヨエルも頑張ってるし、今日はご褒美ってことにしよう!」


 その一言に、成り行きを見守っていたヨエルは目を輝かせた。


「ほんとう!? いいの!?」

「うん。その代わりマモンと仲直りして」

「わかった!」


 変わり身も早く、ヨエルはマモンに抱きついて「ごめんね」と言った。それにマモンも『すまなかった』と謝罪を述べる。


 わだかまりが消えたところで、マモンはヨエルに惜しまれながら消えていく。

 それを見送った後、二人は夕日が輝く街へ繰り出していった。


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