見えない真意
アリアンネを部屋に招いたフィノは、テーブルの上を手早く片付けるとお茶を淹れた。
ヨエルはベッドで荷造りに勤しんでいるから、二人分。席に着くと、早速アリアンネは本題に入った。
「先日、密偵の兵からある報告を受けたのです」
アリアンネが言うには、戦争相手であるデンベルクに密偵を数名送り込んでいるのだという。敵の情報を仕入れて戦争を有利に進める為である。争い事が嫌いなアリアンネはこういった根回しに余念が無く徹底している。
その報告の中に懸念事項があったというのだ。
「どうやらデンベルクも密偵を潜り込ませているようです」
「そうなんだ」
「彼らの目的は何だと思いますか?」
遠回しにアリアンネはフィノへと問う。
戦争相手の目的……それはずばり戦争を有利に進めるためにアルディアの弱点を探ることだろう。
手を拱いているのは、こちらも相手も一緒である。ならば、相手よりも一枚上手に出たいと考えるのは当然のこと。
しかし、アリアンネはそうではないと否定した。
「奇妙なことに敵国の密偵は軍を探ったり、わたくしの周辺を嗅ぎまわったりはしていないようです」
「……どういうこと?」
「おそらく、それ以外の目的があるのでしょう」
アリアンネもそれはわからないらしい。それでもフィノに警戒はしておけと助言をしに来たのだ。
「ううーん……あっ!」
今の話を聞いたフィノは、数日前の出来事を思い出した。
マモンが何者かの視線を感じると言っていたことだ。もしかしたら今の話と何か関係があるかもしれない。
デンベルクは魔王制度の復活を目論んでいるのだ。だとすれば、マモンを直接狙ってくることも考えられる。
「もしかしたら、あれかも」
「何か心当たりがあるのですか?」
アリアンネに話をすると、彼女もそれに同意してくれた。今考え得る予想では、それが一番有力であるとの意見だ。
「私が傍にいるから手出しはしてこないと思うけど……」
「気をつけた方がいいでしょうね。子供を攫うなんて容易いですから」
彼女の言う通り、マモンならば不死身だからそれほど心配はしていないが、ヨエルを狙われてはとても困る。彼を人質にでも取られてしまったら、流石のフィノでも奪還は容易にはいかないはずだ。
とはいえ、マモンがいる限りヨエルが怪我をする心配は殆ど無い。誰かが害そうとしても、排除してくれる。これほど心強い護衛もいない。
「うん。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
話が一区切りついたところで、ふと目を向けると傍にヨエルが立っていた。彼はマモンを抱えて、おずおずと近寄ってくる。
「どうしたの?」
「フィノにお願いがあるんだ」
改まった様子でヨエルはフィノに頼み事をする。
それを聞いて、フィノはとても返答に困った。ヨエルが言うには、アリアンネとマモンの仲を取り持って欲しいということだった。
でもこれに関しては、フィノではどうにも出来ない。そもそも部外者が踏み込んで良い問題では無いのだ。
本人たちが決着をつけるべき事で、そしてそれは既に話はついていること。今更蒸し返すものでもない。
……ということをヨエルに上手く説明する必要がある。しかしこれが非常に難しい。マモンも成されるがまま、ということはヨエルへの説得は失敗に終わったのだろう。
どうしようかと悩んでいる所に、アリアンネが救いの手を差し伸べてくれた。
「わたくしと彼は、喧嘩などしていませんよ」
「えっ、……でも」
「確かに昔は色々とありましたけど、今はちゃんと仲直りしました。そうでしょう?」
『……っ、ああ、その通りだ』
二人の証言を聞いて、ヨエルは面食らったように固まった。誰の言葉が本当かわからなくなっているのだ。
それでも、結局ヨエルはマモンの言葉を信じることにしたらしい。
「仲直りしたならいいや」
「ええ……でも、彼とは久しぶりに会ったので少し話をしたいのです。よろしいですか?」
「いいよ」
快諾したヨエルの腕の中で、マモンは驚愕に目を見開いた。それはフィノも同じである。
アリアンネが自ら進んでマモンと話をしたいなど、そんなことを言うとは思っていなかったのだ。
ヨエルはマモンをアリアンネに預けると荷造りに戻っていった。
その後ろ姿を見送って、フィノはアリアンネに真意を問う。
「アリア、いまのって……」
「少し彼と話したいので、席を外してもらってもいいですか?」
「う、……うん、わかった。でもあまり酷いこと言わないでね」
「安心してください。彼を責めようなどとは思っていませんから」
彼女の言葉を信じたフィノは、ヨエルを連れて部屋を後にする。
あの場所にいてもフィノには口出しする権利など無い。すべては二人の問題なのだ。




